kurayami.

暗黒という闇の淵から

猫の目

「やだなあ、次郎さん」
 僕は懐いた声で、先輩に言った。
「いやいや、でも正樹くんは絶対学校でモテると思うんだよね」
 バイトの控え室。同じ休憩番になった先輩に、僕は良い顔をしていた。
 先輩の顔を見ると、鼻の横に大きなニキビを拵えている。
「僕なんて全然ですよ。次郎さんの足元に及びません」
 そのニキビを潰したいと顔には出さず、ニヤニヤと先輩に声を出す。
「はは、俺がいつモテるって言ったよ」
 先輩がそっぽを向いた。あとで先輩が缶ジュースを奢ってくれた。
 定時を終え、何でここを選んだのかも忘れた、飲食店のバイト先を出る。
 外は既に暗くなっていて、夕方を終えたばかりの雰囲気が、そこにあった。
 今日もくそ疲れたなあ、だなんて思って帰宅路を辿る。夜空を見上げ続けていたら、徐々に星が増えてきた。
 いや、増えてきたんじゃなくて、見えてきたのか。少しずつ、目に暗闇が慣れて。
 ああ、もう、
 死にたいなあ。


「ただいまーねえ、今日のご飯は何、なに」
 家に帰り、リビングに入ってすぐ母に声をかけた。
「おかえり。今日は焼きそばよ」
 母がエプロン姿でこっちを向いた。いつも通り帰ってきて、安心、という顔だ。
「肉入ってるの?」
「もちろん」
「やりぃ」
 なんて、いつも通りの会話をして、僕は流れるままに自室に入って、崩れるように、床に伏せた。
 電気の消えた部屋。遠くから家族の声。冷たいフローリングの床。
 上着の中で振動した携帯を、僕はベッドの方に投げた。
 この部屋は、この時間、今は僕だけのものだ。誰にも気を使わない、使いたくない。
 学校にも、バイト先にも、家族にも。
 日々、猫を被る内側で、本心は積もっていく。そこにあるのはもう、自身を終わらせたい気持ちだけだった。
 猫を被るのにも、もう疲れた。でも、これからも被り続けるんだと思う。
 そうすることで友人が、先輩が、家族が。良い顔をするのであれば。僕は喜んで何匹だって猫を被るだろう。
 だけど、そうすることで僕を殺すのはお前らなんだ。首に縄を掛け、徐々に天井に吊るし上げているのは、お前らだ。
 そうやって吊るし上げられて、そこから見える景色は、綺麗なのか。
 ああ、綺麗なんだろうな。夜に慣れた目のように、見えてくる星空のように。僕が猫を被ることで秩序を保たれて、そこはきっと綺麗なんだ。
 やっぱり、死にたいな。死んで楽になって、そんな綺麗な景色も崩れてくれ。
 僕自身がその景色であればいい。僕の有り難みを、思い知って欲しい。
「正樹、ご飯」
 僕は母の声に、猫撫で声で返事をした。

 


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〈 猫かぶり 〉

〈 心積り 〉

理に反する夕影の教室

 夕方の空き教室。そこに、終えた学校の雰囲気に取り残され、更に尋問のために囚われた男子生徒……片山吉弥が、窓際の席に座っていた。
 そして、その片山と対峙するように、黒板の前に一人の女子生徒……白谷茜が立っていた。はねっ毛のあるショートボブの黒髪、おっとりした顔、地味な化粧、高校生にしては、高い背。
「まだ帰っちゃ、駄目なんすかね」
 片山が椅子を後ろに傾けながら、そう言った。
「駄目だよ。まだ私のこと、好きって言ってないもん」
 白谷が教卓に両手をついて、ゆったりとした声で言った。
「そんなこと、言われてもなあ」
「私のこと、好きじゃない?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ好きなんだね」
「あー馬鹿すぎるよー」
 そう言って片山が、机に突っ伏して、隙間からチラッと白谷を見た。窓から伸びた夕陽とのコントラストで、影の中に白谷はいた。馬鹿という言葉にも、口角を上げている。
「そうだね、馬鹿なんだと思うよ。でも、こんなことに付き合う片山君も、馬鹿だと思うけどなあ」
「好きな相手に、普通そんなこと言うかな」
 顔を上げる片山。
「別に好きになるという事は、酷いことを言わないって事じゃないよ。だから、片山君が私を好きだという可能性もまだ残ってる」
「うーん」
 また、頭を下げる片山。
「そうだなあ。じゃあまず、この前、私は自販機の前で片山君に、三十円あげたよね」
「貰いました」
「私のこと、好き?」
「ええ、それは……ずるくないか」
 白谷は、教壇を端から端へ、手を後ろに組んで歩く。
「ずるくないよ。私のこと好きになる可能性だもん」
 そう言って、窓側、教壇の端で止まり、続けて言った。
「例えそれが、純粋じゃなくても」
 片山が難しい顔をして、自身を見る白谷から目を逸らすように、窓の外を見る。
「んーじゃあ、片山くんはどんな見た目の人が好き?」
「可愛くて胸の大きい子」
「嘘つき、背が高い人も、好みでしょう」
 白谷がその高い背で、つま先立ちをして、そう言った。
「なんで、知ってるかな」
「知ってるよ。じゃあ、片山くんはどんな性格の子が好き?」
「……真面目で、一生懸命な、子」
「ふふ、それも嘘つきだ」
 一歩、一歩と、会話に合わせて白谷が片山に近付く。
「都合の良い子が、一番のくせに」
 片山は、白谷を見れなかった。否定も、出来なかった。
「桑野さんのこと、好きでしょう」
 白谷は、片山の席の前に立っている。
「誰が、好きな人は一人だって、決めたの?」
 ゆっくりと、一音一音、片山に聞かすように、白谷が耳元で呟く。
「ねえ、私のこと、好き?」
 片山が、重い口を開く。

 

 

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〈 誘導尋問 〉

リバシブルボーイフレンド

「いやあ、困ったなあ」
 私の部屋、ベッドの上。
 全裸の彼がそう言ってるけど、きっと嘘。
「困ってなんか、いないでしょ」
「はは、貴方。普通の人間なら、皮膚を全部裏返しにされたら『困ったなあ』って言うものよ? なにを疑っているんだい」
 そう言う彼は全裸で、拘束されて、私に皮膚を全て剥がされ、裏返しにされている。剥き出しになった皮膚はもう彼の一部じゃない。まるで、細胞で出来た衣類。
 真っ黄色な、彼。
「普通はね、痛がってパニックなって『困ったなあ』なんて言わないの。口にも出さないものなの。その呑気さが嘘の証明なの。わかる?」
 私がそう疑う理由は、それだけじゃない。
 彼はこれまで、一切私に裏を……本性を見せて来なかった。
 今だって痛がってくれない。まるで、ずっと演技をする道化だ。
 頑張って裏返したのに、これでもだめなの。
「わかる、わかるよ。けどさあ……『困ったなあ』って今使うべきだと思うんだよね。すごく困ってるんだもの。ああ、困ったなあ」
 ヘラヘラと彼が笑う。ああ、本当に困っていない。もう内側から裏返すぐらいしないと、その裏を見せてくれないのかな。
 ……いや、そんなことをしても、彼はきっと、見せてくれない。
 裏返し切れない。最愛の彼を知ることが出来ない。
  ♀/♂
 僕は困っていた。
「痛いんでしょう、痛いって言って。言ってよう……」
 裏返されて困っているわけじゃない。彼女の愛故の行動なのは、わかる、むしろその事自体は嬉しいんだ。
「あーふふ、痛い痛い」
「笑わないで!」
 困っているのは、まず、彼女が僕を知ろうとしていること。
 本性を知ろうと、こんなにも動いていること。
「ああ、ごめんよ。なんだか面白くて」
 面白いわけではない。本当に困っている。
 彼女のことを心の底から愛している。この僕の世界の中では彼女しか有り得ない。こんなにも僕を知りたい故に、皮膚を裏返す彼女が愛おしい。近付く男がいるのなら金を払って追い払う。
「嘘ばっかり!」
 僕は、そんな気持ちを一ミリも知って欲しくない。拒絶される可能性が、一ミリでもあるかもしれないからだ。
 推測もされたくないから、感情だって一ミリも見せてやるものか。
 だけど、本当に困ったな。だって、
  ♂/♀
「ハハ」
「また笑って……ねえ……」
 どうしたら、見せてくれるの。どうしたら、私に本当の気持ちを見せてくれるの。その気持ちが好きだとか嫌いだとか、どっちでもよくて、私は彼の本当の気持ちを知りたいだけ。
「ハハ……」
「ねえ、私、貴方の側にいていいのかな」
 彼は、答えない。
 まるで、死んだように静かになって……ねえ、教えてよ。

 

 


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〈 裏返す 〉

 

〈 困らす 〉

nina 2月-4月 日付別ワード一覧。

2月6日

〈坂道〉〈シンボル〉〈光〉
#nina3word20170206

2月7日
メトロノーム〉〈幕〉
#nina3word20170207

2月8日
〈「夜明けなんて一生」を含んだ台詞を作中で使って下さい。〉
#nina3word20170208

2月9日
〈青空〉〈沸騰〉〈回路〉〈波〉
#nina3word20170209

2月10日
〈名付け親〉〈最後の段落(オチ)で「透明」という言葉を使って下さい。〉
#nina3word20170210

2月11日
〈上澄み〉〈アスファルト〉〈だるま〉
#nina3word20170211

2月12日
パラレルワールド
※一つの作品の中に二つの世界がある又はa作品を書きa作品のパラレルワールドになるb作品を書いて下さい。
※過去作のパラレルワールドでも大丈夫です。(その際はURLを貼ってくれると助かります)
#nina3word20170212

2月13日
〈呼吸〉〈プリーツスカート〉
#nina3word20170213

2月14日
〈がん〉〈葛藤〉〈ひよこ〉〈瘡蓋〉〈泡立て器〉
#nina3word20170214

2月15日
〈君〉から物語を始めて下さい。
#nina3word20170215

2月16日
〈臍の緒〉〈電話ボックス〉〈始発〉
#nina3word20170216

2月17日
〈冷凍〉〈さくらんぼ〉〈美徳〉〈雑踏〉
#nina3word20170217

2月18日
〈「宗教みたい」を含んだ台詞を作中で使って下さい。〉
#nina3word20170218

2月19日
〈ぬいぐるみ〉〈ホットミルク〉
#nina3word20170219

2月20日
〈戦闘服〉〈刺身〉〈指切り〉
#nina3word20170220

2月21日
〈風船葛〉〈鬼灯〉〈桃〉〈溜息〉
#nina3word20170221

2月22日
〈真偽〉
#nina3word20170222

2月23日
〈銀河〉〈靴紐〉
#nina3word20170223

2月24日
〈水飴〉〈下克上〉〈マインドコントロール
#nina3word20170224

2月25日
物語の最後で〈言葉〉を失ってください。
#nina3word20170225

2月26日
アシンメトリー
#nina3word20170226

2月27日
〈深海魚〉〈お天気雨〉
#nina3word20170227

2月28日
〈シーグラス〉〈境界線〉〈底冷え〉
#nina3word20170228

3月1日
〈ポイントカード〉を貯めてください。
#nina3word20170301

3月2日
〈半月〉〈三角〉
#nina3word20170302

3月3日
〈風船〉〈缶コーヒー〉〈悲惨〉
#nina3word20170303

3月4日
〈ドアノブ〉〈隣〉〈ゲシュタルト崩壊〉〈山羊〉
#nina3word20170304

3月5日
〈一番星〉
#nina3word20170305

3月6日
〈カプセル〉〈言霊〉
#nina3word20170306

3月7日
〈フィルム〉〈マンドレイク〉〈ウィンナーコーヒー〉
#nina3word20170307

3月8日
〈もう一度〉という台詞を作中で使ってください。
#nina3word20170308

3月9日
〈放課後〉
#nina3word20170309

3月10日
〈人魚〉〈黒子〉
#nina3word20170310

3月11日
〈ふうせんガム〉〈尻尾〉〈煙たい〉
#nina3word20170311

3月12日
〈つぼみ〉〈たまゆら〉〈いたいけ〉〈おまじない〉
#nina3word20170312

3月13日
〈果てしない〉
#nina3word20170313

3月14日
〈番号〉〈後回し〉
#nina3word20170314

3月15日
〈彼岸〉〈神〉〈彼女〉
#nina3word20170315

3月16日
〈砂糖漬け〉の〈嫉妬〉
#nina3word20170316

3月17日
アウラ
#nina3word20170317

3月18日
〈メリーゴーランド〉〈切り取り線〉
#nina3word20170318

3月19日
〈充電〉〈革命家〉〈あどけなさ〉
#nina3word20170319

3月20日
コッペパン〉〈ピース〉〈レンガ〉〈フール〉
#nina3word20170320

3月21日
〈点滅〉〈出口〉〈ロッカー〉
#nina3word20170321

3月22日
〈糸切りばさみ〉〈朝食〉〈前兆〉
#nina3word20170322

3月23日
〈渦巻き〉〈辿る〉〈ねずみ〉
#nina3word20170323

3月24日
〈引退〉〈匿名〉〈湯冷め〉
#nina3word20170324

3月25日
〈隣〉〈夕映え〉〈ホリゾント〉
#nina3word20170325

3月26日
〈名残り〉〈背徳〉〈蛆〉
#nina3word20170326

3月27日
〈騎士〉〈口遊む〉〈ストック〉
#nina3word20170327

3月28日
〈鯨〉〈台所〉〈噂話〉
#nina3word20170328

3月29日
〈ファントム〉〈ワイン〉〈マスク〉
#nina3word20170329

3月30日
〈とどめ〉〈なれそめ〉〈こびりつく〉
#nina3word20170330

3月31日
〈影法師〉〈濁り〉〈花笑み〉
#nina3word20170331

4月1日
〈暴く〉〈藤〉〈永続性〉
#nina3word20170401

4月2日
〈無邪気〉〈一等星〉〈氷柱〉
#nina3word20170402

4月3日
〈泡沫〉〈仮眠〉〈ヤドリギ
#nina3word20170403

4月4日
〈飴色〉〈直筆〉〈欲望〉
#nina3word20170404

4月5日
〈魔物〉〈バウムクーヘン〉〈かりそめ〉
#nina3word20170405

4月6日
〈一両列車〉
#nina3word20170406

4月7日
〈フレーム〉〈堕落〉
#nina3word20170407

4月8日
〈足跡〉〈銃口〉〈春容〉
#nina3word20170408

4月9日
〈音楽室〉〈過疎〉〈菫〉
#nina3word20170409

4月10日
〈晴れ間〉〈床下〉〈忘れ物〉
#nina3word20170410

4月11日
〈魔物〉〈寄せ集め〉〈飴〉
#nina3word20170411

4月12日
〈バスルーム〉〈エイリアン〉〈スピリチュアル〉
#nina3word20170412

4月13日
〈食欲〉〈共犯〉〈末路〉
#nina3word20170413

4月14日
〈唾液〉〈隠し事〉〈記憶〉
#nina3word20170414

4月15日
〈宿敵〉を倒してください。
#nina3word20170415

4月16日
〈モラトリアム〉
#nina3word20170416

4月17日
〈念力〉〈温度〉
#nina3word20170417

4月18日
〈滲み〉〈囁き〉〈重なり〉
#nina3word20170418

4月19日
〈滝〉〈爪〉〈鶴〉〈定〉
#nina3word20170419

4月20日
〈屋台〉〈徒爾〉〈目印〉
#nina3word20170420

4月21日
〈秘密基地〉〈トワイライト〉
#nina3word20170421

4月22日
〈プラトニック〉
#nina3word20170422

4月23日
〈除き穴〉〈炭酸水〉
#nina3word20170423

4月24日
〈命令〉〈失望〉〈自由〉
#nina3word20170424

4月25日
〈終わりのない 冒頭〉
#nina3word20170425

4月26日
〈ビート〉〈インク〉〈アルバム〉
#nina3word20170426

4月27日
〈テロリスト〉〈祝福〉
#nina3word20170427

4月28日
〈おばけ〉
#nina3word20170428

4月29日
〈タクシー〉〈パレード〉
#nina3word20170429

4月30日
〈駄菓子屋〉〈合言葉〉〈初心者〉
#nina3word20170430

 

 

 

 

 

 

脈打つ鬼の角

 私に感情があることに気付いたのは、つい二日前のこと。
 私が家畜化動物である〈天鬼〉だということを知ったのは、ついさっきのこと。
 私以外の天鬼が死んだことを聞いたのは、たった今のこと。

 私は膝の上に両手を行儀よく重ねて、椅子に座っている。ただ、窓の外を歩いていく人間と同じ形をした首から下のコレは、どうやら飾りらしい。
 運良くか運悪くか。窓の外で私を指して、天鬼の蘊蓄を語る少年の声を聞いた。私たち天鬼は、鬼を品種改良した家畜化動物だと言っていた。この腕も脚も、鬼だった時の名残ということだ。ただし逃げれないように、腕も脚も筋肉が退化し、動かない。口は鳴き声を上げないようにか、舌すら生えていない。口は糸で縫われ、餌を食べる程の隙間しか開かない。
 大きく動くのは、この瞼だけだった。
 にしても、まさか私に感情が、知能があるだなんて驚いた。この驚きも感情からか。もっと早く自覚するべきだったが、まあ自覚というのは簡単なようで、難しい話だ。恐らく仲間たちにも、同じように感情があっただろう。しかし、それを確認をすることも、私にはもうできない。この屋根の下の仲間は全滅したと言う。新しい天鬼が来れば希望はあるが……推測するに私たちは、高い商品ではなかろうか。残念そうに全滅を電話で話す、店主の声色を聞く限り、そうだと思った。
 人間も同じように、私たちに感情があるということを知らないだろう。まあ、鬼を品種改良した種だ、知っていてやっているのかもしれない。
 そして、そんな人間たちが私たち天鬼から欲しいものは、この頭部に生えた大きな角だと蘊蓄少年が言っていた。取って、お守りにするのだという。聞いたときは、流石に呆れた。お守りを作るために、一つの生命を変え、新しく創ったのか。そんなことのために、この首の筋肉は、この重い角を支えているのか。ああ重い。
 窓に映る私に、赤一色の角が生えていた。
 脈を打っているのを、感じる。
 これは、推測というより、想像なのだが。この飛び抜けた知能は、この角から来ているのではなかろうか。つまりこの角は、脳の一部だ。そして近い将来、私はこの脳である角を切り落とされるのだ。知能がなくても、脳を切り落とすのは痛いということは、わかると思う。
 感情があること、家畜だということ、仲間は全滅だということ、そのうち脳を切断されることがわかった。さて、どうしよう。
 仲間たちは、なにを思考していたのだろうか。まあ無難に諦めていただろう。窓に映る私はとても美しい方だが、店主が私に〈落ち〉る可能性は、隕石が落ちるのとほぼ同じ確率だ。
 少なくとも、私は店主に〈落ち〉ているが。
 私を生かせるのは、この店主しかいない。私は店主無しでは生きれないのだ。そして、私を殺すのも、この店主だ。ああ、下手な人間の女よりは幸せなのかもしれない。尽くし尽くされ。
 机の上に突っ伏して寝ていた店主が起きた。ここから見る限り、店主の生活は良いものだと言えない。ベッドで寝ろ、野菜を食べろ、もっと笑え。死なれては困るし、家畜なりに私は悲しむだろう。
 店主が、私を見て細い目し、頭を掻いた。
 安心しろ。良い角を生やし、必ず笑顔にしてみせよう。
 そう想いを込め、私は店主に瞼をぱちくりとした。

 

 


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〈 瞼 〉〈 角 〉〈 蚕 〉

積もる質量

「今日は早かったね」
 貴方がいつもの場所、公園のベンチに座っていた。
「遅かったね」「待ってたよ」
「お疲れ様」「おかえりなさい」
 この場所に来れば、
 貴方は必ず様々な言葉で私を迎えてくれる。
 それが例え、口数が少なくて言葉の貧しい私でも。
 私から言わせたら、貴方は物好きだ。
 いつもありがとう。
「ちょっとだけ、学校で引きとめられて」
 私はそう言って、いつものように貴方の横に座る。
「それは災難だ」
 風のような不思議な貴方の声。
 ここに来れば貴方に会える。
 そう確信できる程、ここで貴方に会ってきた。
 いつもの、なんて言える程に。
 きっと、貴方と離れたら、ここは呪いの地。
 なんてね。まだ先の話。そうであってほしい。
「ねえ、なに考えてるのかな」
 貴方がいつもの質問をした。
「貴方のことよ」
「それは、なんとなくわかってた」
「顔に出てたのね」
「うん、それで、なに考えてたのさ」
「うーん、この場所のこと」
「んーそっか、そっか」
 そう言って、貴方が聞くのを諦めた。
「はー寂しかった」
 貴方は、それもいつも言う。    
 次に会えるのは一週間後だものね。  「寂し
「あ、パン持ってるんだけど食べるかな」   い」
 貴方がそう言って、カバンを手に取った。
 今日はパンなんだ。
「ん、食べる」
「クロワッサン」
「あ、好き」
「美味しいよね」
 貴方が渡したクロワッサン。
 私は一口齧る。
 今日ここから見える夕日は、オレンジ色。
「あー今日も、疲れたなあ」
 私の言葉に、君は反応しない。  「疲
「この先、不安だ」          れ 
「このまま帰りたくないや」   「不  た」
 足が、地面に繋がったみたいに、  安」
 動かない。          
「貴方と、一緒にいたい」     「帰りた 
 私の言葉を、貴方は黙って聞いた。    くない」
「離れたくないなあ」
 そして、私の頭を撫でた。
 いつも、いつもありがとう。    「離れ
 私の嘔吐に、付き合ってくれて。    たく
 貴方のおかげだよ。            な
 貴方がいるから、私はたくさん吐き出せる。  い」
 貧しい言葉の代わりにある、膨大な感情。
 いらないものが多すぎるの。動けなくなっちゃう。
 吐くとこ、捨てるとこ、いつまでも見てて。
 ああ。
 きっと、目には見えない、
 膨大な感情がここに、積もっている。
 この曜日、この時間。私と貴方がいるいつもの場所。

 ここはもう、私たちのごみ捨て場。

 

 

     「眠た
nina_three_word.い」
             「お金が足りな
〈 いつもの場所 〉が〈 ごみ捨て場 〉
                    い」

  「助けて」
            「もうしないから」


         「うそ」
   が怖い」           「憂
 「夜「友達だったのに」   「苦しい」鬱」
「可愛くなりたい」「お父さん」  「喋りたくない」
「頼れないな」「むかつく」「辛い」「どうでもいい」
「死にたい」「あの男」「死んじゃえ」「いなくなれ」
「あのクラスメイト」「脚痛い」「嫌い」「愛してる」
「」「」「」「」「」「」「 」「」「」「」「」「」
「」「」「 」「」「」「」「」「」「」「」「」「」

 

ヤングドーナツの穴

 トタン壁に挟まれた細い道の先、住宅街の裏と比喩するのが相応しいような入り組んだ先に、その駄菓子屋はあった。
 駄菓子屋の前には、三人の男の子がメンコで遊んでいる。
 そこに、キャップを被った男の子が恐る恐る近づき、それに気付いたタンクトップの男の子が声をかけた。
「おい、お前。ここに用か」
「う、うん。良い駄菓子屋があるって聞いたから……」
 三人の男の子が、顔を見合わせる。
「合言葉は?」
「えっと……〈背中に注意〉だっけ」
「……オッケー、案内する」
 そう言ってタンクトップの男の子が、駄菓子屋の引き戸を開けた。
 駄菓子屋の中は薄暗く、外からの明かりだけが頼りだった。
「お前、名前は? どこ小の何年?」
「僕は尾張フユキ、紅小の四年だよ」
 キャップの男の子……フユキが、駄菓子屋の中に入り、引き戸を閉めながらそう言った。
「同い年じゃん。俺は米原ケンシ、蘭小だ」
 タンクトップの男の子……ケンシが振り返って人懐っこく笑った。
「よろしく、ケンシくん。……ああ、駄菓子屋ってこんな感じなんだね」
 フユキが紐クジを見ながらそう言った。
「なんだお前、駄菓子屋自体初心者かよ」
 ケンシが頭を掻く。
「よし、俺のオススメを教えてやるよ」
「ん? え、ああ、ありがとう?」
 ゆっくり見たいんだけどなあ、という気持ちを押し殺してフユキが例を言った。
「まずは、これ」
 そう言ってケンシがフユキに見せたのは、小さいヨーグルトのような容器に入ったお菓子。
「モロッコ、ヨーグルト?」
「いや違う、モロッコヨーグルだ」
「ヨーグルトなの?」
 フユキが再び聞く。
「いや、うーん。ヨーグルなんだよ、とにかく。不味くはねえ」
 不味くはない、不味くはないのか。とフユキが小さく口に出して呟いた。
「次にこれ」
「あ、これ知ってる。ブタメンだよね、スーパーで見たことあるよ」
 それはまるで、小さなカップラーメンだった。
「ああ、だがここで売られているのは、一味違う。なんと当たり付きなんだぜ」
「ええ、当たったらどうなるの?」
「もう一個貰えるってやつ」
「すげー」
 フユキが感動の声を漏らす。
「まあ、当たりとかは気にしなくていい。みんなで食うからうまいんだよ、フユキ」
 ケンシが、駄菓子屋の奥へと進む。
 奥に、店主と思わしき男が座っているのを、フユキが気づいた。
「店主さん? いるの気づかなかった」
「ん、ああ、前の婆ちゃんから変わって静かなやつなんだよ。まあ、それはそうと、これが本当のオススメだぜ」
 そう言ってケンシが手に取ったのは、小さなドーナツが四つ入ったお菓子。
「ええ、ドーナツも売ってるの」
「ヤングドーナツだぜ、少し喉が乾くけどな」
「すげー!」
 フユキの反応に、ケンシは満足気だった。
「ええ、どれにしようか、迷うなあ」
 フユキがヤングドーナツを片手に、緑色のゼリーが詰まったスティック状のお菓子を手に持った。
「気になるやつ、全部持ってけよ」
「えっ……やっぱり本当なの? 全部タダってやつ」
「本当本当、いいんだ。店主も良いって言ってるし。ただ、このことは親友だと思えるやつにしか言っちゃだめだぜ?」
 ケンシがニヤっと笑った。
「んー言う相手いないから言わないよ」
 フユキが寂しそうに下を向く。それを見たケンシが慌てた。
「や、まあとにかく表でみんなで食おうぜ。お前のこと紹介するよ」
「……うん!」
 そう言って、両手にお菓子を一杯持ったフユキとケンシが、楽しそうに駄菓子屋から出て行く。
 駄菓子屋の奥、背中に包丁が刺さった、店主の死体だけを残して。

 

 


nina_three_word.

〈 駄菓子屋 〉

〈 合言葉 〉

〈 初心者 〉