kurayami.

暗黒という闇の淵から

造勝者マリオネット

幼き日から俺はずっと負け知らずだった。 その強さを幸福と捉えるかは、勝利に酔えるかどうか。 学生時代。特別勉強が出来たわけではなかった。運動能力も平均下に落ちる程でもなく、何が得意かと言えば走ることが得意なぐらい。だからまず、点数が悪くて落…

ミューズ

立ち並ぶ男女二人の前、夕刻の自然世界が広がっている。 朱色となった夕の陽が差し込む森は、黒く細いシルエットが並ぶ舞台と化していた。街の雑踏は遠く離れて低く唸る風の音だけ。低く冷たい温度が土の底から湧き出て、暖かい陽の温度に溶けていた。 そし…

沙魚

不意に、最近夢に見た魚を思い出した。「ああ〈縁〉も酣だ」 夜十時。冬の東京駅丸の内口には不自然なほど人はいなくて、僕が呟いた言葉がやけに響いていたと思う。そんな不自然にも気付かない彼女は、何食わぬ顔で改札を通ろうとして、止まった。「宴も酣?…

私の魂はもう、私だけのモノとは言えない。 酸素のように貴方の言葉を必要としてる。 中毒。ああ、言葉は呪い……だなんて言うけれど、まさにその通りで、一度内側に焼かれてしまえば簡単に取れることはない。貴方の言葉はとても鋭いの。もし私に口がなかった…

誰でもない唯一お前に捧げる

これは〈誰でもない唯一お前〉の話だ。 運命とは決して、お前が選んだ積み重ねの果てでは、ない。世界の決定事項でしかないのだ。避けられない時の定め。お前の死も生も運命として決まっている。〈母胎の顔〉と〈棺桶の柄〉を選ぶことなどお前には不可能だ。…

蠢めき

私は人を個を見れず、全体でしかモノを見れない。 だから、求めるのであれば、自ら前に出てきて。 大通りに出るまでの冬の登校路が好きだった。後ろめたい住人ばかりが住む近所はとても静かで、黒ずんだコンクリートの前に並ぶ植物たちは濡れていて可愛い。…

古代都市と信号

乾いた喉の刺激で、俺の意識は目覚めた。 目に見えるのはぼんやりとした黄土色の景色。これは、最後に見た記憶の色と食い違っている。俺は確か……冬になったばかりの日中十二時、会社前のやけに長い信号を待っていたはずだった。数十分後のミーティングに間に…

おやすみキャンセル

ふとした予感に顔を上げて時計を見ると、長身と短針がゼロの下で重なっていた。二十四時。窓の外が一瞬そわそわして、私の胸にすぅと風が通った気がする。家族たちはとっくのとうに寝静まって、知らずのうちに明日を迎えていた。 私はまだ、今日に残るけれど…

懸河の酒

「さあ、さあ。お父さんの旅立ちに乾杯しようじゃないか」 紅い光が微かに反射する薄暗い酒場の奥。酒気を匂わす涙目の女と、黒サロンを腰に巻いた白シャツ店員の男が、木製の机を挟み対峙していた。 机の上に置かれた二つの小さな黒い器。中の透明な酒が、…

ドライフラア

僕が幸せになることは、この先ないんだ。 学校内に佇む憧れの貴女は、どこまでも遠かった。その存在はまるで美しい虚無そのもの。僕が手を伸ばしても空を切るみたいに掴めない。薄く青い隈が出来た眼差しは、きっとこちらを見ることはなかった。僕のことなん…

神住まう水族館

私は〈すいぞくかん〉と呼ばれる村に住んでいる。 不思議なことに、この村には人よりも魚などの動物の方が多い。空もなんだが狭くて白い壁ばかりだ。私のような年頃の少女にはちと退屈すぎると、最初のうちは当惑していたものだが、意外と世話係の者たちが面…

お片付け

濃く真っ青な空の下は、酷く散らかっていた。 積み木のようにバラバラにされた新宿バスタが転がり、井の頭公園はゴミ箱の中のティッシュみたいに丸められている。原宿の竹下通りはコンパクトに収納されて、中央線は見えない壁に立て掛けられていて今にも崩れ…

水面下

気付けば始まりの春は暖かさを暑さに変えて夏を迎え、緑と蜃気楼に溢れた物語の夏はいつまでも終わりに抗って、秋を世界の底に埋めて閉じ込めた。ああ、本当に秋なんて何処にも無かったよ。 枯れていく生命は、冬のモノだからね。 終わりの季節がついに来た…

フレームアウト

この街に君は居ない。 たぶん冬に入って数週間、寒い日が続いて数日。久しぶりの陽の暖かさを身で感じた私は、インスタントカメラを持って家を出た。秋用のコートを着るのはこれが今年最後になる気がする。だって見上げた空は何処までも高くて、迫り来る冬の…

完結世界

果てなく広い東京の中で邂逅出来た二人にとって。 六畳一間のワンルームは十分過ぎる世界の器だった。 一切の秒針を刻む音が失われた部屋。床に流れる掛け毛布が眠気として、少し散らかった空間に融合している。明かりといえばカーテンから溢れる柔らかい光…

ごく普通で、珍しくもない

ありふれた僕の心について。 なんとなく辿り着いた街が、過去にあった恋に所縁のある場所だった。だからこうして、駅前のベンチに座っていろいろ思い出したりもしている。 思い出す先は、遥か昔まで過ぎて。 二十二年間、生きてきただけの記憶が僕にはある。…

望朝

男は、毎朝一言「うん」と呟き、笑顔で俺の頭を撫でる。 お約束の一日の始まりだった。それは俺が命を拾われた日からずっとそうだ。眩しい朝陽の中でも、曇り切った冷たい朝食の時間のときも。男にしかわからない何かを確認して、勝手に納得するだけ。何かを…

食道

私が名古屋に来たのは三回目。出張で言うなら二回目。だから名駅に来た時の過ごし方もなんとなくわかるし、泊まるホテルだって迷わずに選ぶことができる。 まあ、そうは言っても、今回もいつもカプセルホテルなんだけれど。 懐かしいようで慣れてしまった乗…

グレーボーイ/カラーガール

ハイカラ少年は今日も愛されている。 街の住人に、学友たちに、家族から偉い人にまで。 ハイカラ少年の姿形服装は一線を凌牙している。 不可思議で妙な服装を誰もが見たことないと評価していた。 ハイカラ少年は常識の色に囚われない。 落ち着いた色の街の中…

拗らせた有給

貴重な有給を取ったというのに、俺は部屋のソファに座り込んだまま動けなくなっている。目に見えるモノは少し大型のテレビ、読んでない小説が詰まった本棚、昨日脱ぎ捨てたストール。机の上には、シンプルなフレームの中には俺と『あゆみ』の写真が飾られて…

独裁者のお終い

貴方には何度言っても駄目ね。「もう知らないわ、勝手にして」「怒るよ」「さようならする?」「私、不幸になるつもりはないの」「いい加減にしてよ」「馬鹿じゃないの」「本気で言ってるなら一緒には居れない」「居なくなっちゃえばいいのに」「次は無いっ…

オーバーレイン

今から三百年程前の話。そして、医学というものが存在しない過去世界でのこと。治療者が居ないがため世には病が蔓延していた。女は内臓を焼かれるような痛みに襲われ、男は骨が崩れるような苦しみに見舞われている。子供は目眩と幻覚に囚われて、老人は自覚…

セイに陶酔していた

時間にして多分、午後二時過ぎぐらいか。部屋が遮光カーテンによって暗闇に閉ざされているからわからない。頼りになるのは僕の眠気と怠さ。朝からずっと動いていないけれど、この少しだけ休みたくなる怠さは午後三時っぽい。二十二年間の経験がそう言ってい…

融合人間キメラ

鈍い音が廃墟の地下室に響き渡る。よく見れば彼が振り下ろした鉈は、死体の足を切断しきれなかった。ああ、彼の作品性で言えば、一撃で切断出来ないのはまずい。ぐちゃぐちゃになった皮膚と切断面は使い物にならないから。再び鉈が振り下ろされて、高い金属…

リキッド

余ってしまった金曜午後の時間を潰すため、少年は街へと出掛けていた。大通りは既にもう、平日最終日の雰囲気を漂わせている。賑わう人混みを避けるために裏路地へと少年は逃げ込んだ。 このまま見知らぬ街の顔を知るのも良いと、奥へ奥へ。蔦に塗れた団地を…

くたびれた男

星一つ無い、底冷えした夜だった。 紅い草原の中。俺は広く狭い水溜りの横に座り込んだまま動けないでいる。それもそのはずだ。散々今まで歩いて来たのだから。深く腰をかければかけるだけ、簡単に浮くことは無い。どうやって立ち上がってきたっけな。「疲れ…

腐らん死体

ついこの前に過ぎ去った幻のような秋の中で、私は恋に溺れて、暗い底へ沈み続けていることに気付いた。 これはまだまだ、日の浅い恋。 好きになった相手は、一つ下の学年の性格が悪そうな、綺麗な男の子。 全く、殆ど話した事がないの。私とその子の間にある…

悪戯な顔

十月某日。大間夏帆の家にて。「前田、前田、これ見て見て」 遊びに来ていた小学生からの旧友前田一郎は、飲んでいたペットボトルのコーラを置いて夏帆の声に振り返る。「なんだよ」「じゃーん」 夏帆が掛け声と共に出したのは、小学生女児の好みそうなデザ…

唯一きみ

まず先生を殺します。何故なら、私たち高校生を束ねているモノだからですよ。大人なので時間がかかると思います、貴方は気長に待っててください。おはようございます。ええ、休校ですね。想像通りですよ、殺せました。一人目なので雑に、それでいて派手に。…

エンキョリセンチメンタル

僕は波の音に誘われるように、橙色に反射する地元の海を目の前にしていた。ああ、もうすっかり肌寒い。浜辺に咲いていた白い花はいつの間にか枯れているし、来週には台風が現れてあっという間に冬になる。秋はどこに行ったんだ。 ジャージのポケットに手を突…