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kurayami.

暗黒という闇の淵から

誘うお化け

「お母さん、もう帰っちゃうの」 複数のチューブに繋がれた少女が、寂しげに母親に向かってそう言った。 夜九時前。病院は徐々に、明かりが失われていく。「ごめんね、でも明日の朝になればまた会えるから。ね」「んー……我慢出来たら、いい子? わるい子じゃ…

死にゆく人

大勢の人が暗くした部屋の中で、天井に映し出された擬似的な星空を寝転んで見ている。双子座にオリオン座に、子犬座。冬の夜空。口にはまるで、長い間お預けにされていた玩具を貰った子供のように、笑みを浮かべている。 部屋の中央には、市販のプラネタリウ…

滲んだアルバム

冷たくて脈拍のない、思い出のインクが疎らに滲んだアルバムがそこにあった。 インクの滲んだ場所を避けて目を通すと、どうやらこのアルバムの主役は〈男〉だということがわかった。滲みは、奥に進むにつれて酷くなっていく。最後のページは、様々な色のイン…

セコンドプロローグ

これからする僕の〈話〉は、決して嘘偽り、虚構の物語、ではない。これから先の未来に始まる瞬間の物語であり、とある過去の何時かに起こった記憶でもある。しかし、だからと言って覚えておく必要はないよ。今、この〈話〉を聞く貴方は、過去の貴女でも、未…

ボーイミーツ

ユウイにとって、カリュは使えるモノだった。 貴族の男……ユウイは、この三十年間。使えるモノは全て使い、最後まで使った。そうやって今の地位まで成り上がったのが、ユウイだった。 ユウイの日常には、常に優秀な執事の男……カリュがいた。礼儀正しく、自身…

一夏の儀式

カラカラの夏休みのど真ん中、八月上旬。午後二時過ぎ。 連休に慣れ始めて暇が一周した僕は、意味もなく家を出た。炎天下に熱された黒いコンクリートが、高温の悲鳴を上げている。早速家を出るんじゃ無かったと、酷く後悔をした。クラスメイトは、今頃なにを…

純粋に好き

やわらかい揺らぎの中、私の素直な心情は、どこまでも透き通って、どこまでも見通せた。 この広い心情の中に、様々な思念が浮かんでいる。ぽつぽつと、いろいろなことが浮かんでる。私を脅かす不安、幸せな思い出、この先への希望。どれも孤独に浮かんで、互…

トワイライトベース

小学生の放課後、僕らの住むマンションの裏にある公園が、いつもの集合場所。いつからか「いつもの公園」だなんて呼んでいたっけ。 二人の友達が僕にはいた。同じマンションのトッシーと、秘密基地発案者の課長くん。本名を忘れてしまうぐらいに昔のことだけ…

無益な屋台

賑やかな音、暗闇の中でぼんやりと光る赤、黄、緑、白の明かり。 さっきまで、お母さんに手を引かれて帰っていたのに、いつの間にか森の中。お母さんはどこ。でも、こんなことで私は泣かない。だから、えらい。 迷子になったときは、おまわりさんか、怪しく…

愚かな事実の向こう側

その水流の音からは、高さと勢いを感じ取れた。今の私にとって必要な条件が揃っている。 人が死ぬのには十分な高さと、勢いを持つその滝は山の奥にあった。川の上流の方から夕陽が射し、滝の底には夕影が作られている。山々から夏の音と共に、涼風が流れてく…

あの子色

僕があの子と初めて話したとき、心が何色かに染まった。 明るい色だったと思う。黄蘗色みたいな、薄くて明るい色。それでいて少し暖かい。気付いたらそんな色だった、ああ暖かいな、その程度。 心が何かに触れると、灯るように色がつく。そしていつの間にか…

ノウハート

神の気まぐれも起きないような、厚い雲に覆われた暗い昼下がり。その子を助けたのは、僕の気まぐれだった。 薬品に枯れた森の外れ、女の子が逸れた兵士に襲われていた。 直感的に気に入らないと思ったのは、力の強い方。僕は〈想い〉を兵士に向けた。兵士の…

ユルサレル

マンションの屋上に、一人の少年が立っていた。 少年は色白で細く、夏の空気に合わない、紺色のカーディガンを着ている。 夕焼け。それは大人と子供にとって、受け取る感情が変わる景色。少年の目に映る景色は、日の終に満ちている。 少年のポケットに入った…

勝敗の行方

負けず嫌いの二人は、高等学校に入学し、同じクラスの振り割られた時に初めて出会った。 久野耕太と長谷川美優。共に容姿も、学力も、運動能力も、平均。しかしその負けず嫌いは、誰よりも強い。 そんな二人が初めて競ったのは、ある登校時。校門前で二人は…

上書き保存

聞かれてないから、隠し事。言ってないから、隠し事。 僕の場合は、言えないから、隠し事。 過去だなんて、記憶だなんて、知ったからどうにかなるわけじゃない。共有したところで、僕の身体にあるものはどうにもならないし、僕の認識は変わらない。彼女は帰…

グラトニーラヴァーズ

人より食事量が多い人だなあ、と僕が思ったのは、彼女と出会った頃のこと。 それは見るからに……という訳ではなくて、よく見ると多かった。学食での昼食、ファーストフードに入ったとき、飲み会のとき。大盛りとかじゃなくて、品数が多い、そんな印象。 食べ…

バスルームシーン

その映画は、電気が消えたリビングの中で、呆気ない終わり方をしてしまった。 宇宙船の中で鉢合わせたエイリアンとの死闘。仲間の死。そしてラストシーン……主人公のお腹の中に寄生したエイリアンを映して、バッドエンド。 エイリアンが何処から来たのかとか…

キャンディロープ

僕の前から彼女がいなくなって、二ヶ月が経った。「もし……私が帰れないとき、ああ、もしもの話だ。そんな不安そうな顔をしないでくれ。いつもの飴を瓶に詰めて、食器戸棚の一番上に置いておく。まあ、帰れないとき用だから、いつもより良いものを用意しとい…

降り続く

駅を出ると、雨が降っていた。傘の持っていない私は、目を細める。 しばらく駅の入り口で、降る雨模様を見つめた。駅から出てくる人は、この雨を予想して傘を持っていた人、傘を忘れたけど諦めて濡れて行く人と、大きく二つに分かれている。私みたいに、雨が…

菫色脳内

家から歩いて四十分のこの高校は、生徒が年々減っていた。 この田舎町の子の特性か、学校が悪いのか。先輩も、クラスメイトも徐々に辞めていく。 三十人いた僕の学年は、いつの間にか彼女と他、数人に減っていた。 彼女は、小学校の頃からの仲だった。異性と…

スプリング

杉林の中。真新しい雪の絨毯に、男の足が深く沈んだ。 硬く、踏むと厚い音が出るような雪だった。男は慎重に、杉に沿って歩く。 男が追っていたのは、二人分の足跡。足の大きさから、女の足跡だということが、男にはわかっていた。 男は警戒しながら進む。一…

虫食いフィルム

時を重ねるごとに、俺は劣化していった。 それはまるで使い古された映画フィルムのように、劣化していく。そのうち動きもしなくなるだろう。それを意味するのは終幕の〈死〉ではなく、ただ純粋な〈終焉〉だ。 フレームレートというのは、映像の中の一秒、そ…

夜間逃避行列車

揺れる車窓の外側、流れる暗闇に私は目を向けた。心許ない街頭が、田んぼの真ん中に立っているのが見えた。 私が乗ってるこの一両列車は、居た街と〈向こうの街〉を、山の隙間を三時間ほど走って繋ぐ。向こうに行く、孤独で唯一の、交通手段だ。道中幾つか駅…

クーヘンの死神

「お前さん、世間じゃ〈魔物〉だなんて呼ばれてるぞ」 陽当たりの良いテラス。そこに並んだ椅子に座った老人が、部屋の中にいる青年向かって呟いた。 「魔物? ああ、お爺さん。バウムクーヘンは好きですか」「貰う」 青年は片手のトレンチに人数分の紅茶と…

わがままの瘡蓋

土曜日、昼間。僕と彼女はベッドに腰をかけていた。 彼女の左腕に、ボールペンを真っ直ぐ立てて、線を描く。油性のボールペンだけど、それは薄い線となって、よれよれとなっている。まるで情けない。 彼女はというと、腕に落書きをする僕なんか見ずに、テレ…

トウキョーキスミー

見上げれば、暗緑色の天井。その奥、遥か彼方に、太陽の光が見えた。 この宿り木に覆われた樹海の中、どこを見ても木々が生い茂っている。よくよく見れば、懐かしい街並みが木々に覆われていた。 蔦の絡まった道路標識に〈一キロ 吉祥寺〉とだけ、書かれてい…

二人星

一等星のように、夜空の主役になるような女の子がいた。 可愛くて優しくて、話し上手の彼女は、輝いていて、学校の主役で、男の子からも、女の子からも好かれていた。もちろん、私も彼女のことは好きだ。 劣等星の私は、影ながら彼女を見ていた。どうしたら…

藤と松

「俺たちの永続性について話そう」 彼はそう言って、カーテンを閉めた。「永続性?」 もちろん私には、その言葉の意味はわかっていた。いたけど、わからないフリをする。あまり話したくない話題だった、わからないフリをすることで避けれると思った。「今の…

毎週火曜の影法師

僕の友達に、嬉しいことがあれば、咲いた花のように華やかに笑う女の子がいる。花とか、天使とか、柔らかくて光に満ちたような比喩が似合うのが、彼女だった。単純に容姿が綺麗だとか、そういうわけじゃなくて、ただただ純粋さが美しい。他のクラスメイトが…

ある入門者

大好きな彼との馴れ初めは、三月の末のことだった。 普通に恋愛を重ねて、普通に近づいて、ついにその恋は成就したの。八回目のデート、天気の良い木曜日、河川敷でのピクニック、レジャーシートの上で。私たちはいつの間にか恋人になっていて、それをその日…

発酵と腐敗

最初は、ええ、喜びました。彼が帰ってきたのですから。 彼が死んだ日を、幾つも越してきました。彼が死んだ雨季を、幾つも越してきました。 それだけ私は哀しんで、決して楽観することはありませんでした。彼のことを、私はずっとずっと愛しているからです…

クシラ

「ねえねえ、知ってる?」 子供たちは、噂話が好きだ。「午前四時に、片足立ちで台所の蛇口を三回捻ると、鯨が出てくるんだって……」 噂話というものは、子から子へ、ないしょ話として伝わっていく。「四時にね、台所の蛇口を三回捻ると、鯨が出るんだって」…

騎士の唄

「すとっく、すとっく、ないっ」 陽の出た日曜日。家の前で少女が歌を口遊み、犬の毛繕いをしている。「すとっく、すとっく……ねえ、マーマ、この歌ってどういういみー?」 少女が開いた玄関の奥に向かって、問いかける。「ねーえ。マーマ」「国のために、男…

蛆虫と背徳心

「やっぱり、駄目だよ。僕には……できない」 少年が、ナイフを片手に躊躇った。 廃工場のような、廃れた建物の中、深夜。細身の少年と、猫背の男、そして二人の前には虫の息となった少女が、横たわっていた。「おい。思い出せよ、こいつが今まで、お前にして…

嘘強がり

私は何度だって、ここに来る。 いつも通りの帰り道、いつも通りの中央線。いつも通りのこの時間。 全部がいつも通りの夕焼け空の下。私はふと思い立って、この駅で降りる。いつも降りる駅の二つ、三つ前。時間で言えば十五分前だ。 北口は下校途中の高校生と…

湯冷めした者より

休日、木曜日の午後。郵便受に、質素な封筒に包まれた手紙が入っていた。 送り主は、匿名だった。 封筒には、汚い筆跡で住所が書かれていた。漢字で蓋をするべきものが、蓋をされていない。平仮名の「い」と「り」の区別が怪しい。この筆跡を知っている。 部…

シブヤユウホ

雑多に人が流れる、改札を出た。見上げればもう、すっかり夜になっている、ああそうだ、いつもここに来る時は夜だった。 ひしめく人の声の隙間を通り、地下道への階段を迂回する。交差点の向こう側には大きなモニターがいくつか見えた、ビルに張り出された大…

ブルーリーブ

気付いたとき、私は起きていた。そういえば朝って、そういうもの。 眩くて優しい光、ちょうど良い布団の包容力と温もり、それと、少しだけ陽の匂い。ちょっとだけぼーっとして、意味もなく手を伸ばしてみて、光に濡れた自身の腕を見た。それは輝いていて、と…

鈍色火葬町

それはすぐに、夢を見ているとわかった。しかし夢ということだけあって、夢だということを、なかなか意識させてくれない。 真昼間の町。遠くでは踏切の音が響いて、それ以外に音は聞こえない。人の気配もない。青空は不気味なほどに青く、雲が一つもない。過…

愚者先輩

高校生たちの通学路の外れ、とある空き地。 そこにはまだ中学三年生になったばかりの少年少女二人と、一人分の死体が転がっていた。 その死体は男で、青年で、頭から血を流し、不自然に身体をくの字に折って倒れている。 すぐ側には、血が着いたレンガと、タ…

三年間の充電

とある定時制高校。その中で救済劇と悲劇を繰り返し、少女は学生たちに影響を与えてきた。 聞き入ることで変わってしまう、そんな少女を学生たちは皮肉と愛情を込めて、こう呼んだ。 革命家と。 中学校を卒業した少女は新たな時間と刺激を求め、定時制の夜間…

回転木馬に見せられて

オルゴールに似たような、心地よの良いゆったりとしたメロディーが流れている。鉄棒に腹を突き刺された馬が円を描いて並んで、メロディーに合わせてゆったりと、回っている。それは大きな遊園機械。 私は、そのうちのメッキの剥がれたブラウンと灰色の鬣を持…

アナザーアウラ

このカフェに来たのは、いつぶりだろう。深く沈むソファが並んで、懐かしいクラシックが流れている、変わらないな。 当たり前のように、カフェの中には僕らしかいなかった。「念願の想いが叶ったって顔だね? 初めましてか、久しぶりか」 向かいのソファに浅…

砂糖をまぶした桜の部屋

復讐に動いた麻衣は、何も知らない。 狂っている、それはあの頃も、今もわかっていて、でも確実な手段が私を変えていく。 大好きな大好きな麻衣に見てもらうきっかけと、近づいてもらう理由。それらを得るために、私は麻衣の男に近づいた。 私は運良く、男の…

紅い華の岸

波打つ、暗闇。揺れる、虚無。 黒に灯る、点々とした光は、星々。 その海は、星空だった。 僕がこの岸に辿り着いて、まだ三ヶ月しか経っていなかった。 ここにあるのは、僕だけが住む二階建てのアパート。理想の真っ白な部屋に、ソファと勉強机。ここが田園…

カラマワリ

私の番号は、207番。 窓はあるけど、開かない。お手洗いはあるけど、仕切りがない。そんな生活を強いられて、もう幾つの夜を越えたんだろう。「一万と二百番さん、おいで」 お姉さんに番号を呼ばれた子が、顔をあげた。あの子は入って以来、まともに顔を…

ロード

遠く、遠く。 男は煙草とライター、携帯と財布を持ち玄関を出た。それは、真冬の星空が澄み渡る深夜のこと。男がその満天に気づくのは、家を出て随分と経ってからだった。行く宛のない男は、街を横切る甲州街道を目指す。 深夜テレビを付けて、煙草を吹かし…

玉響な少女

今でも思い出すわ。あのいたいけだった頃のこと。 いたいけを奪われた、ときのことを。 あれはね、森の胡蝶蘭が開花する前のことだった。高等学校に入学した私は、すぐに、その男を知ったの。一つ上の学年、背が高くて、生徒会役員の書記をしていたかしら、…

イートユー

廃ビルの中。私は綺麗なミント色のガムを、口の中に入れた。それが始まりの合図。 ターゲットの男は、私の姿を見て一目散に逃げ出していた。それが常人の反応なんだろうけど、少しだけ傷つく。 くちゃくちゃと、音を立てて静かに歩く。ターゲットは遠くに逃…

後見役人魚の行く先

彼女は、どこにでも、どこへでも泳いでいくことができます。 その姿は淡い白色のショートボブの髪に、血色の良い肌、そしてその下半身は魚の尾で、まるでお伽話の人魚姫のよう。 どこにでも、泳いでいける彼女にとって、空は海のようでした。 でも、彼女は一…