kurayami.

暗黒という闇の淵から

習作

冷たく白糸を解かれて

藍色が色濃く、深く染まる黒髪の夜十一時時過ぎ。 冬の冷たさが終わるべきモノたちを、凍らす前に。 高層マンションの屋上から、少女が眠る街を見下ろしていた。白く揺らぐ子の朧な光。無人の道を濡らす街頭。夜に襲われて拭えない一室の明かり。街は鼓動す…

だからとニヒル

別れて以来、久々に彼と連絡を取った。二年ぶりぐらいに。『久しぶり、元気だった?』 なんてことのない彼の返事。私は淡々と返し続けて、固まっていた想いが解れて、どろどろに溶けていくのがわかった。ああ、良かった。電気の消えた十二月の自室は、窓から…

ここに

長い綴りを、僕はやっと終えたようです。 誰かを救えたでしょうか。 この一年、ずっと神さまになりたい想いで続けていました。誰かの、みんなの。希望の光のようなモノでありたいと思っていました。罪で愚かな願望です。しかしそれが虫の息で今にも死にそう…

終心

私は何かに呼ばれるように、外へと出た。 水曜午後三時半、雲のかかった冬の空が高く舞い上がってる日。洗濯も課題も全部やることは済んでいた。コンビニへ行こうにも買いたい物は何も思いつかない。一体、私は何に導かれているというのだろう。そもそも気の…

憧憬

僕は僕を失っている。 過去という積み重ねを。履歴という、僕を。 長い放棄癖の果てに「気付けば」というモノだった。失ってしまったのには理由が幾つかあって、まず第一に自身をどうでもいいと思っていたから。第二に目先の未来への希望に縋っていたから。…

グラデエション

「私は、この部屋の窓を酷く気に入ってるよ」 男は窓から溢れる眩いばかりの陽を背に、暗い部屋の奥へと話しかけた。「夕焼けが好きだからね。景色の向こう側へと沈む様子をいつまでも見ていられる。特に珈琲を淹れることもなく、ただ黙って手ぶらで眺めるだ…

眼と妄

時折、彼は空き教室で項垂れていた。電源が切れたように、全てを投げ出したように。明るい子ではなかったけれど、愛想笑いを絶やさないような子だったから、たまに見かけるその姿に私は惹かれてしまっていた。 普段は耳に掛けている髪が、目にかかっている。…

夜から朝へ

一年という時の中で、冬の午前四時はたぶん、一番冷たい。 貴女といても。いや、貴女といるから。「空、ほんの少しだけ明るくなってきたね」 全てを終えた裏路地。僕の隣で温くなった缶コーヒーを手に持って、彼女は震える声でそう言った。コートとかタイツ…

まじないの怪物

男が一歩を踏み出した時、木造の床が泣くように軋んだ。「じゃあこの貝殻は? いくらよ」「お前さんじゃ、買えないぐらいじゃろうなあ」 欠けた桃色の貝殻を手に取った男に対し、支払い口に座った老人が答える。 小さな豆電球が無数にぶら下がった店内。傾い…

終わりなき日常の寄り添い

頭上には、私の日常が見えていた。 明るい空に街が島となって浮かんでいる。そこには大好きなクレープ屋さんや小さい頃からお世話になっていた商店街が、下から透けて見えていた。通えばなんとかなる学校も、なんだかんだ憎めない家族たちも。全部私の日常だ…

孤独から見つめた星々

また一つ、光が途絶えた。 元はと言えば最初に僕が消したんだ。高校卒業を区切りに全部変わるつもりだったから。だって元々の僕はそれはもう酷かったんだよ。頭が悪くてお調子者で、時に人を傷付けてでも身を守るような勝手。今しか考えてないツケが巡り巡っ…

ヒイロ

きっと翌日には起きるつもりだったのかもしれない。 長く続いた救済と戦いの日々に、一瞬だけ、理由が無くなった日。くたくたに疲れてしまったヒーローは、干されたてのベッドに入り込んだ。太陽に焼かれた柔らかい匂いに包まれ、眠りに就くのが一瞬になって…

チョコと雨

「実はさ、こうして僕が世界に出てくるのは初めてじゃないんだよ」 細長いカフェの奥。俺と対面する長髪の男は目を合わせず、窓の外を見て呟いた。視線の先には気配を消したラブホテルが建っている。「というと?」「初めては多分『ドーナツ神話』かな。『生…

光道

彼と私の美術室は、休日という理由以上に二人きりで特別な空間でした。 美術室の外、廊下にはいつもの賑やかさはなくて、静かで、たまにグラウンドから陸上部の声が聞こえるか聞こえないか。外の光がカーテンを通して美術室を照らしてる。それが白くてとって…

不完全再生少女

初冬の夜の匂いが、煙草を咥えた男をベランダへと誘い出す。住宅街の隅に建てられたマンション七階から見える景色は、ばらついた色の屋根の群れ。男にとっては見飽きた景色だった。だからこそ、煙草を吹かして遠く見つめる景色は住宅街ではない。 思い出せな…

オーバー

まだ終わりじゃない。 私の気持ちはまだここにある。冷めることなく、身の内で燃えているじゃない。紅い空を見て永遠性を感じれるし、さめざめとした青い海を見て丸裸となった世界を見ることができる。切ない感情を吐き出したくて、ずっとずっと言葉にして綴…

僕らの街

僕と君は、この街からはきっと離れられない。 最初そう思ったとき、特に理由があったわけではなかった。ふと頭に浮かんだ確証。〈僕らはずっとここにいる〉らしい。漠然としていて姿が見えない、しなやかな鎖に、強く拘束されている。捩伏せるような重力が働…

アナタ

「貴方は、とってもお利口ね。生きとし生けるもの全てに、平等に優しく接している。関わることで人を不幸にしない。飲み込んだ哀しみは全て私に話してくれる。包み隠さず全て。心を裸にするって簡単なことじゃないのよ。なのに、苦痛を引き入れて、それでい…

七つの子と数多で一つの

鴉が住み着いた瓦屋根の平屋が並ぶ山奥の村。夕焼けが美しいと言われる村の外れには、背の高い断頭台が聳え立っている。 この村だけの決まり事。 少しだけ厳しい決まり事。 村人たちは断頭台周りを〈地獄〉と呼んでいた。何故なら決まり事を破り切断された罪…

造勝者マリオネット

幼き日から俺はずっと負け知らずだった。 その強さを幸福と捉えるかは、勝利に酔えるかどうか。 学生時代。特別勉強が出来たわけではなかった。運動能力も平均下に落ちる程でもなく、何が得意かと言えば走ることが得意なぐらい。だからまず、点数が悪くて落…

ミューズ

立ち並ぶ男女二人の前、夕刻の自然世界が広がっている。 朱色となった夕の陽が差し込む森は、黒く細いシルエットが並ぶ舞台と化していた。街の雑踏は遠く離れて低く唸る風の音だけ。低く冷たい温度が土の底から湧き出て、暖かい陽の温度に溶けていた。 そし…

沙魚

不意に、最近夢に見た魚を思い出した。「ああ〈縁〉も酣だ」 夜十時。冬の東京駅丸の内口には不自然なほど人はいなくて、僕が呟いた言葉がやけに響いていたと思う。そんな不自然にも気付かない彼女は、何食わぬ顔で改札を通ろうとして、止まった。「宴も酣?…

私の魂はもう、私だけのモノとは言えない。 酸素のように貴方の言葉を必要としてる。 中毒。ああ、言葉は呪い……だなんて言うけれど、まさにその通りで、一度内側に焼かれてしまえば簡単に取れることはない。貴方の言葉はとても鋭いの。もし私に口がなかった…

誰でもない唯一お前に捧げる

これは〈誰でもない唯一お前〉の話だ。 運命とは決して、お前が選んだ積み重ねの果てでは、ない。世界の決定事項でしかないのだ。避けられない時の定め。お前の死も生も運命として決まっている。〈母胎の顔〉と〈棺桶の柄〉を選ぶことなどお前には不可能だ。…

蠢めき

私は人を個を見れず、全体でしかモノを見れない。 だから、求めるのであれば、自ら前に出てきて。 大通りに出るまでの冬の登校路が好きだった。後ろめたい住人ばかりが住む近所はとても静かで、黒ずんだコンクリートの前に並ぶ植物たちは濡れていて可愛い。…

古代都市と信号

乾いた喉の刺激で、俺の意識は目覚めた。 目に見えるのはぼんやりとした黄土色の景色。これは、最後に見た記憶の色と食い違っている。俺は確か……冬になったばかりの日中十二時、会社前のやけに長い信号を待っていたはずだった。数十分後のミーティングに間に…

おやすみキャンセル

ふとした予感に顔を上げて時計を見ると、長身と短針がゼロの下で重なっていた。二十四時。窓の外が一瞬そわそわして、私の胸にすぅと風が通った気がする。家族たちはとっくのとうに寝静まって、知らずのうちに明日を迎えていた。 私はまだ、今日に残るけれど…

懸河の酒

「さあ、さあ。お父さんの旅立ちに乾杯しようじゃないか」 紅い光が微かに反射する薄暗い酒場の奥。酒気を匂わす涙目の女と、黒サロンを腰に巻いた白シャツ店員の男が、木製の机を挟み対峙していた。 机の上に置かれた二つの小さな黒い器。中の透明な酒が、…

ドライフラア

僕が幸せになることは、この先ないんだ。 学校内に佇む憧れの貴女は、どこまでも遠かった。その存在はまるで美しい虚無そのもの。僕が手を伸ばしても空を切るみたいに掴めない。薄く青い隈が出来た眼差しは、きっとこちらを見ることはなかった。僕のことなん…

神住まう水族館

私は〈すいぞくかん〉と呼ばれる村に住んでいる。 不思議なことに、この村には人よりも魚などの動物の方が多い。空もなんだが狭くて白い壁ばかりだ。私のような年頃の少女にはちと退屈すぎると、最初のうちは当惑していたものだが、意外と世話係の者たちが面…