kurayami.

暗黒という闇の淵から

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神様のお気に入り

「あ、また余震か」 曇天の日中。田舎町の片隅。塀に手をついて身のバランスを取った二人の兄妹の内、兄がぼそっと呟く。余震というには少し長く、電気紐を揺らし続けた。「長かったね、お兄ちゃん」 兄の後ろでしがみ付いていた妹が、顔を覗かせる。「そう…

ライトエスケープ

陽がまだ高い日中のこと。私が街を歩いていると、十字路の真ん中に男が立っているのが目に入った。「やあ」 にこやかに甘く、悪気のない顔で嘘臭く笑うソレを、私は知っている。嫌悪感、警戒心、不幸の塊。触れるべきではない、堕落の象徴。 私はその男を避…

革ベルト

「お兄さん……? それ、どうするの」 安物の革ベルトで家具に拘束された少年が、心配と恐怖を交えた声を絞り出した。 目線の先には、錆びた鋸を手に持った二十代前半の男。「どうするって。鋸ってのは切り落とすために使うもんだよ」 よっこらせと少年の脇に…

世人柱

「順を追って説明しますね」「はい」 秋の入り口に立つ、夜の神社の中。 巫女装束のお姉さんの優しい声に、私は事務的な返事をした。「まず、貴女は私に殺される必要があります」「殺される、ですか」「あっ、殺す……というか、そのすみません。わかりやすい…

僕が知らない時間

今、僕が死のうとしてる話から、少し溢れるんだけどさ。 元々、貴方としていた「一年賞を取る」って約束が守れなかったからじゃん。実はアレ、締め切りそのものが守れてなかったんだよね。うん、えっとつまり、作品そのものを出せてなかったんだ。いや隠して…

本当の街

誰に何を誘われるわけでもないまま、俺は高校から家へと真っ直ぐ帰った。制服のネクタイを解き、中途半端にワイシャツのボタンを外して、ぐしゃぐしゃのベッドへと転がる。 外を見れば真っ青な空。まるで、まだ休むには早いぞとでも言ってるみたいで、罪悪感…

望み、残酷衝動

当たり前だと思っていたビジョンは、時間をかけて崩れていく。 これは二十四の私から、二十一の君への、初めての告白。聞いてくれるかな。 私が子供の頃に思い描いていた、想像の今現在。そこには何でも解決しちゃう旦那さんがいて、たくさんの可愛い猫を飼…

胎児回帰

「ひよめきが出来てますね」 医師は椅子をくるんと回転させて、向き合った女性……詩織に診断結果を告げた。「ひよめき、ですか?」「ええ、聞いたことないですよねえ」 意識が最近微睡む、頭のてっぺんが熱くて微かに頭痛。そんな症状に悩んで外科を訪れた詩…

精神と海岸の物語

重たい曇り空の下、人気のない海岸沿い、船屋前。鋭い岩肌に黒い波が当たって、ばらばらになって砕けた。 僕ら少年少女七人をここまで連れて来たのは、深い紅色のローブで顔を隠したお兄さん。 ローブのお兄さんは、船屋のおじさんに話している。「船を借り…

タイムブランチ

九月第五土曜日、昼頃。男がシャワーも食事も済ませて、気分に任せて何時でも出掛けられる、その日のこと。 男はテレビを見ていた。もう何年も前から、男が子供の頃からやっている土曜昼間のバラエティ番組。小さなテレビの枠の中で芸能人たちが、新築の値段…

ニオ

井の頭線の電車が、下北沢の手前で大きく揺れた。反動で乗客のニオいが持ち主から離れて、少し混ざる。 僕のパーカーに染み付いた、あの人の香水の匂いも。 シューズの裏にこびり付いた、土の臭いも。 マスクをしていても、それを防ぐことはできない。 僕の…

純白所有欲

薄暗くて、遠くが見えない。孤独な場所に私はいる。 昔はね、もっとたくさんの人がいたの。若い子から、お姉さんまで。みんな姿形が違って、心や容姿に可愛さや綺麗さ、かっこよさを持っていた。 売れ残った私とは、大違いで。 みんな、誰かに価値を認めれて…

タオヤメ

「益荒男であれよ」 それが俺の父親の口癖であって、母親が居ない我が家の教育方針だった。たぶん、俺に物心が付く前から言っている。生まれたばかりの赤ん坊に、呪詛のように愛と共に呟いてきたんだと思う。 父親の教育の努力があってか、兄は見事に、立派…

前衛恋愛

「これは私から、貴方という時代への挑戦」 曇り空の下、廃墟と化した暗い民家の中。荒れた元リビング。 誰かに届けたい声量で少女が呟いて、マッチに火を点けた。 柔らかく、まだ幼い少女の顔が、橙色に照らされる。「ううん。貴方への戦争は、実はずっとず…

寂しさを空かし続けて

孤独なの、ずっと。 前髪長くてお化けみたいだから、かしら。誰かから話しかけられるなんて、ずっと昔の記憶。そうよ、昔はもっと可愛らしい少女で、家族にもご近所さんにも、愛されて……ねえ? いつの間にこんな、前髪お化けになって。 二十三年も生きて、な…

制動装置破壊論

これは僕の憶測で人生の持論になるわけだが、人は前へ進み続かなければ死ぬ。 逆に言えば止まれば死ぬんだ。根拠という根拠は全くない。説得する面からの利点で言えば、ほら、踊り続けれたなら楽しいだろう? 永遠に恋人とセックスし続けれたら気持ち良いし…

時嫌われ

真夜中四時前の大須商店街に人の気配はない。眠る店の並びはシャッターが連なり、高いアーチ状の屋根には寂しい影が伸びていた。 そんな眠る商店街の静寂を破ったのは、ヒールが鳴らす踵の音。 カンカンと音に釣られるように、ペタペタとたどたどしいシュー…

デイゴースト

最近、何もないんだ。 話すことがまるで何もない。だから友人たちにも会おうと思えないし、そもそも人の充実した話を耳にしたくない。聞けば耳も心も腐りきってしまう。羨ましい。そんな日々、心を何かに動かされているだなんて。 しかし、俺に潤いがどんな…

ヨスガの星

あれに出会って私が逃げ延びれたのは、これが初めてかもしれない。 まあ、これが終わりなんだろうけど。 冷たい冷たい夜。本当だったら身震いして寒さに浸るはずなのに、今はもう震える力もない。身体が動かない。全身は傷だらけで、片足なんて繊維で繋がっ…

水飛沫

帰宅路。新宿で電車を乗り換えるとき、僕は無意識にネクタイを緩めていることに気付いた。今までも無意識に緩めていたのだろうか、そんな事をしても帰りの電車の窮屈さは変わらないのに。 駅のホームに並ぶ。電車が来るまでの四分の間、携帯に来てた仕事のメ…

白い露

「あ、そこ足場ないです」 細い喉から出た女生徒の言葉に、男性教師は踏み込んだ足をサッと戻した。草むらと思わしき奥、深い暗闇の底に小さな石がカラカラと落ちていく。 東京都某山、断崖絶壁の道。 男性教師が狭く細くなった足場を見て、不安そうに狼狽え…

景色

‪ 友達が住んでいる団地、細い夕空、飛んでいく白いビニール袋に目を奪われる。‬‪「……くん、なに見てるの?」‬‪ 先にいた友達が振り返って、僕に聞いた。‬‪ なにを、見てる。空をクラゲのようにふわふわと飛ぶ白いビニール袋……それだけ。ただのビニール袋が…

十月末のコスモス

私が変わらなければ良い、それだけのこと。 それだけのこと。 ただの、女子高生の一恋愛に過ぎない。一年と少しの片想いの間、私は心の底から手を伸ばして、彼を求め続けた。恋人という形になった今だって、気持ちは変わらない。大好きで大好きで、一回だっ…

希望座標、往生の果てに

少年と少女は、困り果て、立ち往生していた。 その座標は、何処にも見つからない。何日、何年、星に辿り着くような遥かな時間を探し続けても、欠片も破片も見つからない。実体がないように、幽霊のように、掴むことすら、出来ないまま。 しかし、それでも必…

原稿薬

背中の滲んだ汗に、俺は起こされた気がした。 携帯の時計を見れば深夜一時過ぎ。一瞬、今日明日のことを忘れて、頭の動きが止まる。ああそうだ、仕事から帰って明日が休日なのを良いことに、ベッドに倒れ込んで休んで、そのまま。 硬いシャツが肌に擦れて、…

夕闇の中

私は神様で無ければ、人でも無い。こうして少女の形をしているのは世の都合あってのことで、しかしそんな都合に踊らされていても、生きとし死ねる君らよりは上位の存在なんだよ。私は切り取られた夕焼けの時間の中に佇む、無彩色のアヤカシに創られた名前の…

ラインリバーシブル

慎み生きてきた僕の恐れ。 謹んで申し上げます。 僕は常々思っていました。「人はおとなしく良い子であれば、怪我せず愛され忌み嫌われない」と。きっとそうなのでしょう。いつの時代も、トラヴルを起こさなければ、まず嫌われない。人の記憶の隅っこ、席に…

カックン

‪「トタン街にさ」‬‪ 平凡な小学校の昼休み、五時間目が始まる三分前のこと。おさげの少女が「お兄ちゃんから聞いた話、なんだけど」と付け加えて、喋り出す。‬‪「男の子の幽霊が、出るんだって」‬‪「ええ、やだ、怖い」‬‪ 三つ編みの少女がそう言って、胸の…

星流し

君の、その、大きく開く口が嫌いだった。 出会った頃から、あまり得意なタイプでは無かったんだ。人との繋がりや対話を嫌う僕とはまるで正反対で、君は自ら人の〈許されない空間〉へ踏み込んでいくような女だ。あの時だって、僕が固く閉ざした〈許されない空…

始終

‪ 始まりがあれば、終わりがある。‬‪ 曇り続きの一月、私たち三年生は高校生活最後の授業から解放された。また三月に、という無言の空気に少しだけ不安になる。‬‪ 時間は、あっという間だ。‬‪「お待たせ」‬‪ 廊下の窓から中庭を覗いていたら、後ろから優しい…