kurayami.

暗黒という闇の淵から

蠢めき

私は人を個を見れず、全体でしかモノを見れない。 だから、求めるのであれば、自ら前に出てきて。 大通りに出るまでの冬の登校路が好きだった。後ろめたい住人ばかりが住む近所はとても静かで、黒ずんだコンクリートの前に並ぶ植物たちは濡れていて可愛い。…

古代都市と信号

乾いた喉の刺激で、俺の意識は目覚めた。 目に見えるのはぼんやりとした黄土色の景色。これは、最後に見た記憶の色と食い違っている。俺は確か……冬になったばかりの日中十二時、会社前のやけに長い信号を待っていたはずだった。数十分後のミーティングに間に…

おやすみキャンセル

ふとした予感に顔を上げて時計を見ると、長身と短針がゼロの下で重なっていた。二十四時。窓の外が一瞬そわそわして、私の胸にすぅと風が通った気がする。家族たちはとっくのとうに寝静まって、知らずのうちに明日を迎えていた。 私はまだ、今日に残るけれど…

懸河の酒

「さあ、さあ。お父さんの旅立ちに乾杯しようじゃないか」 紅い光が微かに反射する薄暗い酒場の奥。酒気を匂わす涙目の女と、黒サロンを腰に巻いた白シャツ店員の男が、木製の机を挟み対峙していた。 机の上に置かれた二つの小さな黒い器。中の透明な酒が、…

ドライフラア

僕が幸せになることは、この先ないんだ。 学校内に佇む憧れの貴女は、どこまでも遠かった。その存在はまるで美しい虚無そのもの。僕が手を伸ばしても空を切るみたいに掴めない。薄く青い隈が出来た眼差しは、きっとこちらを見ることはなかった。僕のことなん…

神住まう水族館

私は〈すいぞくかん〉と呼ばれる村に住んでいる。 不思議なことに、この村には人よりも魚などの動物の方が多い。空もなんだが狭くて白い壁ばかりだ。私のような年頃の少女にはちと退屈すぎると、最初のうちは当惑していたものだが、意外と世話係の者たちが面…

お片付け

濃く真っ青な空の下は、酷く散らかっていた。 積み木のようにバラバラにされた新宿バスタが転がり、井の頭公園はゴミ箱の中のティッシュみたいに丸められている。原宿の竹下通りはコンパクトに収納されて、中央線は見えない壁に立て掛けられていて今にも崩れ…

水面下

気付けば始まりの春は暖かさを暑さに変えて夏を迎え、緑と蜃気楼に溢れた物語の夏はいつまでも終わりに抗って、秋を世界の底に埋めて閉じ込めた。ああ、本当に秋なんて何処にも無かったよ。 枯れていく生命は、冬のモノだからね。 終わりの季節がついに来た…

フレームアウト

この街に君は居ない。 たぶん冬に入って数週間、寒い日が続いて数日。久しぶりの陽の暖かさを身で感じた私は、インスタントカメラを持って家を出た。秋用のコートを着るのはこれが今年最後になる気がする。だって見上げた空は何処までも高くて、迫り来る冬の…

完結世界

果てなく広い東京の中で邂逅出来た二人にとって。 六畳一間のワンルームは十分過ぎる世界の器だった。 一切の秒針を刻む音が失われた部屋。床に流れる掛け毛布が眠気として、少し散らかった空間に融合している。明かりといえばカーテンから溢れる柔らかい光…

ごく普通で、珍しくもない

ありふれた僕の心について。 なんとなく辿り着いた街が、過去にあった恋に所縁のある場所だった。だからこうして、駅前のベンチに座っていろいろ思い出したりもしている。 思い出す先は、遥か昔まで過ぎて。 二十二年間、生きてきただけの記憶が僕にはある。…

望朝

男は、毎朝一言「うん」と呟き、笑顔で俺の頭を撫でる。 お約束の一日の始まりだった。それは俺が命を拾われた日からずっとそうだ。眩しい朝陽の中でも、曇り切った冷たい朝食の時間のときも。男にしかわからない何かを確認して、勝手に納得するだけ。何かを…

食道

私が名古屋に来たのは三回目。出張で言うなら二回目。だから名駅に来た時の過ごし方もなんとなくわかるし、泊まるホテルだって迷わずに選ぶことができる。 まあ、そうは言っても、今回もいつもカプセルホテルなんだけれど。 懐かしいようで慣れてしまった乗…

グレーボーイ/カラーガール

ハイカラ少年は今日も愛されている。 街の住人に、学友たちに、家族から偉い人にまで。 ハイカラ少年の姿形服装は一線を凌牙している。 不可思議で妙な服装を誰もが見たことないと評価していた。 ハイカラ少年は常識の色に囚われない。 落ち着いた色の街の中…

拗らせた有給

貴重な有給を取ったというのに、俺は部屋のソファに座り込んだまま動けなくなっている。目に見えるモノは少し大型のテレビ、読んでない小説が詰まった本棚、昨日脱ぎ捨てたストール。机の上には、シンプルなフレームの中には俺と『あゆみ』の写真が飾られて…

独裁者のお終い

貴方には何度言っても駄目ね。「もう知らないわ、勝手にして」「怒るよ」「さようならする?」「私、不幸になるつもりはないの」「いい加減にしてよ」「馬鹿じゃないの」「本気で言ってるなら一緒には居れない」「居なくなっちゃえばいいのに」「次は無いっ…

オーバーレイン

今から三百年程前の話。そして、医学というものが存在しない過去世界でのこと。治療者が居ないがため世には病が蔓延していた。女は内臓を焼かれるような痛みに襲われ、男は骨が崩れるような苦しみに見舞われている。子供は目眩と幻覚に囚われて、老人は自覚…

セイに陶酔していた

時間にして多分、午後二時過ぎぐらいか。部屋が遮光カーテンによって暗闇に閉ざされているからわからない。頼りになるのは僕の眠気と怠さ。朝からずっと動いていないけれど、この少しだけ休みたくなる怠さは午後三時っぽい。二十二年間の経験がそう言ってい…

融合人間キメラ

鈍い音が廃墟の地下室に響き渡る。よく見れば彼が振り下ろした鉈は、死体の足を切断しきれなかった。ああ、彼の作品性で言えば、一撃で切断出来ないのはまずい。ぐちゃぐちゃになった皮膚と切断面は使い物にならないから。再び鉈が振り下ろされて、高い金属…

リキッド

余ってしまった金曜午後の時間を潰すため、少年は街へと出掛けていた。大通りは既にもう、平日最終日の雰囲気を漂わせている。賑わう人混みを避けるために裏路地へと少年は逃げ込んだ。 このまま見知らぬ街の顔を知るのも良いと、奥へ奥へ。蔦に塗れた団地を…

くたびれた男

星一つ無い、底冷えした夜だった。 紅い草原の中。俺は広く狭い水溜りの横に座り込んだまま動けないでいる。それもそのはずだ。散々今まで歩いて来たのだから。深く腰をかければかけるだけ、簡単に浮くことは無い。どうやって立ち上がってきたっけな。「疲れ…

腐らん死体

ついこの前に過ぎ去った幻のような秋の中で、私は恋に溺れて、暗い底へ沈み続けていることに気付いた。 これはまだまだ、日の浅い恋。 好きになった相手は、一つ下の学年の性格が悪そうな、綺麗な男の子。 全く、殆ど話した事がないの。私とその子の間にある…

悪戯な顔

十月某日。大間夏帆の家にて。「前田、前田、これ見て見て」 遊びに来ていた小学生からの旧友前田一郎は、飲んでいたペットボトルのコーラを置いて夏帆の声に振り返る。「なんだよ」「じゃーん」 夏帆が掛け声と共に出したのは、小学生女児の好みそうなデザ…

唯一きみ

まず先生を殺します。何故なら、私たち高校生を束ねているモノだからですよ。大人なので時間がかかると思います、貴方は気長に待っててください。おはようございます。ええ、休校ですね。想像通りですよ、殺せました。一人目なので雑に、それでいて派手に。…

エンキョリセンチメンタル

僕は波の音に誘われるように、橙色に反射する地元の海を目の前にしていた。ああ、もうすっかり肌寒い。浜辺に咲いていた白い花はいつの間にか枯れているし、来週には台風が現れてあっという間に冬になる。秋はどこに行ったんだ。 ジャージのポケットに手を突…

少年快美カヰコ

「今、助けてあげるからね」 私の声を聞いた目の前の少年は、細く涙を流している。まだ思春期を迎えたばかりの年齢。小さな頭から生えているブロンドの髪は輝いていて、年頃の少女のような内巻きのボブヘア。対して瞳の色は漆黒で涙を流してキラキラしていて…

終日公園

木々が陽を遮る出口の無い暗い公園を男は歩いていた。朝から、深夜からずっと。冷気と湿気が混在する温度は、男の顎を濡らし、歩く気力を奪って鬱を与える。そんな足が自然と探すのは心地の良い〈ひだまり〉だった。 暖かさに求めるのは、人並みの幸福。 成…

延滞に身を任せて

夜になった十月の公園は、制服のスカートにはとても厳しくて、家に帰ったときに着替えれば良かったと酷く後悔した。でも寒いのがわかっていたからと言って、きっと私は帰ったときに冷静に着替えたりすることは出来なかったと思う。 告白はいつだって、余裕が…

夏の夢と冬の匂い

風呂を上がると冷たい冬の匂いがした。見れば僕の狭い四畳半の部屋に、薄い毛布にくるまって猫のように寝ている貴女がいて、窓が開いている。どうやら冬を招き入れたまま彼女は寝てしまったらしい。「風邪、ひくよ」 声をかけても、すぅすぅと気持ち良さそう…

コントラスト

いつの間にか夏が終わって雨が降り続き、もう冬なんじゃないかって思うような日のこと。 俺はずっと狙っていた女の子を、家にあげることに成功した。ああ、待ち望んでいた。初夏に初めて会った日からずっと。優しい狼のフリをするのも楽じゃないなって思った…