kurayami.

暗黒という闇の淵から

望朝

男は、毎朝一言「うん」と呟き、笑顔で俺の頭を撫でる。 お約束の一日の始まりだった。それは俺が命を拾われた日からずっとそうだ。眩しい朝陽の中でも、曇り切った冷たい朝食の時間のときも。男にしかわからない何かを確認して、勝手に納得するだけ。何かを…

食道

私が名古屋に来たのは三回目。出張で言うなら二回目。だから名駅に来た時の過ごし方もなんとなくわかるし、泊まるホテルだって迷わずに選ぶことができる。 まあ、そうは言っても、今回もいつもカプセルホテルなんだけれど。 懐かしいようで慣れてしまった乗…

グレーボーイ/カラーガール

ハイカラ少年は今日も愛されている。 街の住人に、学友たちに、家族から偉い人にまで。 ハイカラ少年の姿形服装は一線を凌牙している。 不可思議で妙な服装を誰もが見たことないと評価していた。 ハイカラ少年は常識の色に囚われない。 落ち着いた色の街の中…

拗らせた有給

貴重な有給を取ったというのに、俺は部屋のソファに座り込んだまま動けなくなっている。目に見えるモノは少し大型のテレビ、読んでない小説が詰まった本棚、昨日脱ぎ捨てたストール。机の上には、シンプルなフレームの中には俺と『あゆみ』の写真が飾られて…

独裁者のお終い

貴方には何度言っても駄目ね。「もう知らないわ、勝手にして」「怒るよ」「さようならする?」「私、不幸になるつもりはないの」「いい加減にしてよ」「馬鹿じゃないの」「本気で言ってるなら一緒には居れない」「居なくなっちゃえばいいのに」「次は無いっ…

オーバーレイン

今から三百年程前の話。そして、医学というものが存在しない過去世界でのこと。治療者が居ないがため世には病が蔓延していた。女は内臓を焼かれるような痛みに襲われ、男は骨が崩れるような苦しみに見舞われている。子供は目眩と幻覚に囚われて、老人は自覚…

セイに陶酔していた

時間にして多分、午後二時過ぎぐらいか。部屋が遮光カーテンによって暗闇に閉ざされているからわからない。頼りになるのは僕の眠気と怠さ。朝からずっと動いていないけれど、この少しだけ休みたくなる怠さは午後三時っぽい。二十二年間の経験がそう言ってい…

融合人間キメラ

鈍い音が廃墟の地下室に響き渡る。よく見れば彼が振り下ろした鉈は、死体の足を切断しきれなかった。ああ、彼の作品性で言えば、一撃で切断出来ないのはまずい。ぐちゃぐちゃになった皮膚と切断面は使い物にならないから。再び鉈が振り下ろされて、高い金属…

リキッド

余ってしまった金曜午後の時間を潰すため、少年は街へと出掛けていた。大通りは既にもう、平日最終日の雰囲気を漂わせている。賑わう人混みを避けるために裏路地へと少年は逃げ込んだ。 このまま見知らぬ街の顔を知るのも良いと、奥へ奥へ。蔦に塗れた団地を…

くたびれた男

星一つ無い、底冷えした夜だった。 紅い草原の中。俺は広く狭い水溜りの横に座り込んだまま動けないでいる。それもそのはずだ。散々今まで歩いて来たのだから。深く腰をかければかけるだけ、簡単に浮くことは無い。どうやって立ち上がってきたっけな。「疲れ…

腐らん死体

ついこの前に過ぎ去った幻のような秋の中で、私は恋に溺れて、暗い底へ沈み続けていることに気付いた。 これはまだまだ、日の浅い恋。 好きになった相手は、一つ下の学年の性格が悪そうな、綺麗な男の子。 全く、殆ど話した事がないの。私とその子の間にある…

悪戯な顔

十月某日。大間夏帆の家にて。「前田、前田、これ見て見て」 遊びに来ていた小学生からの旧友前田一郎は、飲んでいたペットボトルのコーラを置いて夏帆の声に振り返る。「なんだよ」「じゃーん」 夏帆が掛け声と共に出したのは、小学生女児の好みそうなデザ…

唯一きみ

まず先生を殺します。何故なら、私たち高校生を束ねているモノだからですよ。大人なので時間がかかると思います、貴方は気長に待っててください。おはようございます。ええ、休校ですね。想像通りですよ、殺せました。一人目なので雑に、それでいて派手に。…

エンキョリセンチメンタル

僕は波の音に誘われるように、橙色に反射する地元の海を目の前にしていた。ああ、もうすっかり肌寒い。浜辺に咲いていた白い花はいつの間にか枯れているし、来週には台風が現れてあっという間に冬になる。秋はどこに行ったんだ。 ジャージのポケットに手を突…

少年快美カヰコ

「今、助けてあげるからね」 私の声を聞いた目の前の少年は、細く涙を流している。まだ思春期を迎えたばかりの年齢。小さな頭から生えているブロンドの髪は輝いていて、年頃の少女のような内巻きのボブヘア。対して瞳の色は漆黒で涙を流してキラキラしていて…

終日公園

木々が陽を遮る出口の無い暗い公園を男は歩いていた。朝から、深夜からずっと。冷気と湿気が混在する温度は、男の顎を濡らし、歩く気力を奪って鬱を与える。そんな足が自然と探すのは心地の良い〈ひだまり〉だった。 暖かさに求めるのは、人並みの幸福。 成…

延滞に身を任せて

夜になった十月の公園は、制服のスカートにはとても厳しくて、家に帰ったときに着替えれば良かったと酷く後悔した。でも寒いのがわかっていたからと言って、きっと私は帰ったときに冷静に着替えたりすることは出来なかったと思う。 告白はいつだって、余裕が…

夏の夢と冬の匂い

風呂を上がると冷たい冬の匂いがした。見れば僕の狭い四畳半の部屋に、薄い毛布にくるまって猫のように寝ている貴女がいて、窓が開いている。どうやら冬を招き入れたまま彼女は寝てしまったらしい。「風邪、ひくよ」 声をかけても、すぅすぅと気持ち良さそう…

コントラスト

いつの間にか夏が終わって雨が降り続き、もう冬なんじゃないかって思うような日のこと。 俺はずっと狙っていた女の子を、家にあげることに成功した。ああ、待ち望んでいた。初夏に初めて会った日からずっと。優しい狼のフリをするのも楽じゃないなって思った…

リ、ハネムーン

煮ていた牛丼の鍋の火を止めて耳を澄ませると、外から細かい雨粒の音が聞こえた。いや、そんなまさかと思ってベランダに出ると、洗濯物が干されている奥の景色で、細い水飛沫の線が降り注いでいる。天気予報じゃ夕方からだって聞いていたのに、裏切られた気…

色を求め続けた末の単色

欲しいと思ったモノは、手に入れたくなる。 学ランが不恰好だった頃から僕は頭の回りは良い方で、それはもう口が達者だった。何処へ行きたいだとか、こうなって欲しいだとか、会話の流れをうまいことやれば僕が望むように事が進む。それはもちろん、人間にだ…

儀式、運命の逃避行

星一つ見えない雲隠れした夜の下。小さな島の村には横笛の音色と、猫の面をつけた人々の念仏が、あぐらをかいた私の周りを渦巻いてた。 十七の誕生日を迎えた今日、私は人の身分を捨てて〈ノロ〉となる。 神から祝福された女子として。人知を超えた異の魂と…

思春期の夢魔

「君、ひとり?」 初々しい冷たい風が街に流れる午後の暮れ。高校帰りの少年がコンビニエンスストアの前で、シャーベットを食べようとした時のことだった。 少年に話しかけたのは、〈おねえさん〉と呼ぶのに相応しい風貌の女性。「ひとり、ですけど」「あら…

憂い学研究所

はい、今日から配属になりました。灰田唯良と申します。大学では〈苦悩〉について専攻していました。ですので、観測の際は僕を是非。え、恋人ですか? はは、いるわけないじゃないですか。あと十年間もこの地下から出れないのに、居ても……え、ああ、なるほど…

カレン汚染

可愛いことは、正しい。 まだ幼かった頃、母が私に言った言葉。きっと、女の子らしくなって欲しかったんだと思う。そんなこと言われなくても、私は可愛いモノは大好きだった。正しいと思っていた。 だって、可愛いは素敵だから。 夢見のパステルカラー。ふわ…

記憶の眠り

肉をかき混ぜるような波の音。陸が見えないほど遠い、黒い海の中でのこと。「あ、ねえ。宝箱見つけたかも」 遠くを指して言った少女姿の声に、近くにいた少年姿が反応する。「どこ」「ほら、あそこ。きっとすぐに、あ、一瞬見えた」「あー僕も見えたかも」 …

/弾丸

些細なキッカケだなんてことは、そこら中に転がっている。 いや、常に流動的に、有為的に。 時間は〈存在する全ての事象〉という銃を携帯して脅している。 始まりから果てまで、永遠に世界を乱し続けているんだ。 生まれた運命というモノを辿れば、原因の動…

神様のお気に入り

「あ、また余震か」 曇天の日中。田舎町の片隅。塀に手をついて身のバランスを取った二人の兄妹の内、兄がぼそっと呟く。余震というには少し長く、電気紐を揺らし続けた。「長かったね、お兄ちゃん」 兄の後ろでしがみ付いていた妹が、顔を覗かせる。「そう…

ライトエスケープ

陽がまだ高い日中のこと。私が街を歩いていると、十字路の真ん中に男が立っているのが目に入った。「やあ」 にこやかに甘く、悪気のない顔で嘘臭く笑うソレを、私は知っている。嫌悪感、警戒心、不幸の塊。触れるべきではない、堕落の象徴。 私はその男を避…

革ベルト

「お兄さん……? それ、どうするの」 安物の革ベルトで家具に拘束された少年が、心配と恐怖を交えた声を絞り出した。 目線の先には、錆びた鋸を手に持った二十代前半の男。「どうするって。鋸ってのは切り落とすために使うもんだよ」 よっこらせと少年の脇に…