読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kurayami.

暗黒という闇の淵から

僕の師匠

 僕の小学校には新校舎と、旧校舎がある。旧校舎は主に理科室とか、音楽室とか、クラスのための教室とかはなくて、専用の教室しかないんだ。新校舎は真っ白で、角ばってて、エメラルドグリーンの綺麗な廊下が広がっている。
 確かに綺麗だけど、僕は旧校舎の方が好きだ。木の匂い、歩くとみしみし鳴る廊下、鍵のかかった教室、そして……極め付けは、旧校舎の校庭にある池。
 僕はこの池に、師匠がいた。

 授業が終わった放課後。僕は友達の誘いを断って、旧校舎の校庭に行く。旧校舎の校庭に行くには、新校舎側から見て旧校舎の裏にあって、旧校舎と塀の隙間にある、茂みに隠れた細い道を通らないといけない。旧校舎の校庭とは言うけど、それは校庭と呼ぶのには少しどうかと思う大きさだった。先生たちが言うには、旧校舎時代は通っていた生徒も少なく、その大きさで成り立っていたという。茂みを分けて、校庭へと入る。校庭というよりは、雑草がところどころに生えて、荒地みたいなんだけど。
 僕がここを見つけたのは、一年前のことだ。旧校舎の授業中、友達にペンを投げられた、いじめとかじゃない。ただ、そのペンは親から借りた大切なもので、投げられたと説明するのも誤解を生みそうだったから、放課後こっそり取りに行ったのだ。そこで僕は、この校庭の奥に池があること、そして師匠の存在を知ることになった。
 池の前でランドセルを降ろして、僕は叫んだ。
「師匠、ししょー! 今日も来ましたよ! 太郎が来ました!」
 しばらくして、池からぶくぶくと空気が溢れ、ざぱんっと音を立てて、師匠が出てきた。大きさにしてお父さんが縦に二人分ぐらい。
「今日もか、今日も来てくれたのか!」
 ぬめぬめした深緑の皮膚、脈を打つ石のような背中、長い髪に真ん中だけ禿げた頭。
 僕の師匠は、河童なんだ。

「師匠、師匠。今日は何を教えてくれるんですか?」
 池の淵に座り、師匠を見上げて話す。師匠は物知りだ、例えば歌をうまく歌うにはどうすればいいかとか、教えてくれる。腹から声を出せばいいらしい、さすが師匠だ。
「今日は、そうだな……島津豊久という最高にクールな男について教えてやろうか」
「知ってる! さむらい!」
 夜中、たまたま見たアニメに出ているのを見たのだ。
「あいつのこと知ってるのかあ、やっぱり男だねえ」
 師匠は長い腕を組んで感心してくれている。嬉しい!

 あの日、教室から放り出されたペンは、池の近くに落ちていた。妙に静かな校庭に、僕はびくびくしながらペンを取ったとき、師匠はぶあーっくしょん、と大きなくしゃみをしながら現れた。
「ぶあーっくしょん!」
 師匠という河童の存在より、変なくしゃみを連発する師匠に、僕は笑ってしまった。
「なにがおかしいんだ、お前!」
 師匠が怒鳴る。少しだけ怖かったけど、鼻をずずっとすする姿は、やっぱり可笑しかった。
「ごめんなさい! あっ良かったらこれ使いませんか?」
 僕はお母さんに持たされていたティッシュを渡した。
「これは! ティッシュじゃないか!」
 師匠が言うには、ティッシュは滅多に飛んでこないし、他の妖怪さんたちも持ってくてくれないらしい。師匠は、池から出られないのだ。
「でかしたぞお前、名前はなんていうんだ?」
 鼻をかみ終えた師匠が、名前を聞く。
「太郎です、太郎」
「実に太郎らしい顔をしているな。よし、お前を弟子にしてやろう」
「弟子……?」
 そのときの僕には、師匠弟子というものがわからなかった。
「そうだ、俺が師匠で、お前が弟子。いろいろなことを教えてやろう。お前は今日から、河童の弟子だ!」
「!」
 なんだか知らないけど、それはとても嬉しいことに思えた。

 毎日が楽しくて、弟子入りしたのは間違いじゃなかった。
「ねえ師匠。僕も師匠みたいに河童になれるかなあ」
 師匠は少し考えて、
「まだ、百年は早い! そう簡単に河童にはなれないぞ!」
 そう簡単に河童にはなれない。なんだかその言葉も嬉しかった。僕はまだまだ、師匠と弟子でいられるんだと、嬉しくなった。





妖怪三題噺に取り憑かれた相楽愛花の気まぐれ
「カッパ 校庭 ティッシュ」 から。