叶わない理想ばかり、考える毎日。
私が買われてから、何ヶ月が経ったんだろう。この部屋には、窓しかないし、その窓からも見えるのは森だけだった。とっても寒いから、冬だとは思うけど、それにしてはやけに静か。十一月、十二月というのは、もっと騒がしいものな気もするけど、どうだったかな。もっとも、この国には季節行事というものがないから、わからないけど。
アジア第十三区。私が産まれた国。
元々発展途上にあった国が、アジア国に敗けた。プライドの高かった国は、敗けてもなお、牙を剥き続け、人としての生活する自由を、技術を、法の秩序も支配国のアジアに奪われる。廃れ果てたのがこの国。
私の町は……空は灰色で、蛇口を捻れば錆びた水が出る。建物は全て朽ちていて、道は泥で出来ている。逆さまにぶら下がった干し豚に混じり、死んだばかりの人肉がぶら下がるような町。他の町に比べて不都合はあったかもしれないけど、今思えば、あそこで暮らすのは自由があって良かったのかもしれない。お母さんのような人も、お父さんのような人もいた。そうだ、私は幸せだったんだ。
そんな錆びた灰色の町にも、奴隷狩りは来た。この国が息をするのに、差し出すものは、もはや『人』しかなかったんだね。
私は、死に物狂いで逃げたんだけど、結局、だめだった。大人たちは奴隷なれるような若者を差し出せと武器を突きつけられ、私はお父さんのような人に突き出された。最後、私はお母さんのような人の顔を、最後見ることができなかった。
奴隷房での生活は、自由はなかったけど、ある程度人として扱われた。仮にも商品だったからかもしれない。それでも中には、気を狂って暴れ出す子もいた。
奴隷同士で情報の交換なんてものもあった。奴隷として買われた先で、されること。労働者として死ぬまで働かされたり、性道具として扱われたりするなんて話の中、私が忘れられないのは、食用にされる話。私は、あの町に逆さまにぶらさがっていた人肉を思い出して、少し泣いた。なぜだかそれだけは、嫌だった。
蒸し暑い夜を越えた早朝。私は出荷された。貨物車の中誰に何をされるんだろう、と不安だった。
私のことを買ったのは、清潔感のある男だった。白いシャツに、整えた髪。
男は、私のことを食べることはなかった、けど、毎日のように私を嬲った。鞭で、棍棒で、刃物で、手で。絶対に殺さないように。嬲ったら、私の精神が保つように、定期的に私のことを甘やかした。男の昔話、美味しい手料理、優しい手つきで。
私は嫌だった、痛さも、甘みも、全て受け入れるようになってしまった。
なってしまった。
あの国が、十三区が、まだ帝国だった頃。遊女と呼ばれる、自由のない人たちが、塀を越えるシャボン玉を羨ましいと歌ったらしい。私は、それなら鳩になりたい、あの自由な鳩になりたいと、理想を持って、持つだけだ。
窓の向こうの鳩は、今日も空高く飛んでいく。
妖怪三題噺「アジア 鳩 逆さま」
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