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kurayami.

暗黒という闇の淵から

惡の夢

 仕方がないことだった。

 

 僕は、今まで、誇れる仕事をしてきた。人を助け、人の生に希望を与え、人を幸せにしてきた。神様の言う通りに、良いことをしてきたんだ。
 それが人間の世界にいる、僕の役目。
 天使として生活をしつつ、人間としても生活をしないといけない。人間としての僕は、男子高校生だ。もう、何回目の高校生活なのかわからない。高校生としての人格と知識しか与えられてないから、男子高校生にしかなれないんだ。
 人間として、不自由はしていない。天使だから、顔は整っている、美少年だ。顔が整っていれば、ある程度ちやほやされる。これも、人を幸せにする方法のひとつなんだと思っている。天使だから、ある程度なんでもできる、なんでも。
 けど、ひとつだけ、僕にはないものがある。
 午前授業の終わった、昼間。僕は渡り廊下を歩いていた。暖かい陽射しだったが、天界にいるほうが、神様の側にいるほうが暖かいのに、なんて不機嫌そうな顔していたときのこと。廊下に飾ってある、一枚の絵画に目が止まった。
 真っ黒の背景の中、乱雑に紅色が様々な形で飛び交っている中で、真ん中に女の子が目を伏せて崩れたように、横たわっている。
 タイトルには『惡の夢』と、作者名には『美術部 内野 有紗』と書いてある。その絵に僕はとても惹かれてしまった。天使には、人間の芸術を作り出す力は、なかったんだ。
 描いている本人を知りたくて、放課後、美術部を覗いた。一目見て、すぐわかった。黒髪の、そう、人間ならこういうとき、こう言うのかもしれない。天使のような人がいたんだ。
 僕はそれから、美術部に入り、持ち前の男子高校生力と容姿を使い、内野さんと仲良くなった。学年は一つ上だったから、内野先輩と、呼んでいる。実際年齢というものがあれば僕のほうが上なんだけど、それでも、芸術面で尊敬していたいし、先輩だったんだ。
 内野さんは、笑うと神様のような暖かさを醸し出す人だった。内野さんも、内野さんの描く暗黒な絵画にも、僕はどんどん惹かれていく。
 ある日のこと、いつものように夜、神様の声を聞いていた。いつものように明日は誰を救いなさいとか、明日はこの人の話を聞いてあげなさい、だなんて指示を聞いていたとき、最後の最後の指示がいつもと違ったんだ。
 ――内野有紗の芸術は、いつか数万人という人間を、堕とすことになる。速やかに、明日、暗殺してください。
 神様の声はいつだって、はっきりしていて、優しい。だから、内野有紗を暗殺という指示も、はっきり聞こえた。信じられないが、神様が言うのなら仕方がないんだ。
 仕方がない。
 こんなことは初めてだった。今までそんな指示はなかったし、人の生に希望を与えるだけだった。
 内野さんの自宅で殺した。二階の自室にいた内野さんを、正面から首を絞める。内野さんが、なにか、微笑みながら口にする。
 悪魔。
 三文字吐き出し、恍惚そうな表情をした内野さんは、口から泡を吐き、力をなくす。手を離し、内野さんが崩れた。
 悪魔……? 僕が……?
 複雑な気持ちだった。天使として侮辱された気もするけど、内野さんにあんな顔で言われるのは、悪い気がしなかった。内野さんを、僕の手で終わらせたのも、全て、僕だけの特権で、特別だ。天使として、天使として、そんなことを考えて良いはずがないのに。
 ああ、そうか、内野さんに、内野さんの内なるものに惚れてしまったのかもしれない。いつの間にか、暗殺されていたのは、僕だったんだ。

 暗闇の部屋の中、横たわった内野さんを見る。見覚えのある光景だった、ああ、そうだ、内野さんの『惡の夢』。

 

 

妖怪三題噺「暗殺、天使、絵」

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