日がいつもより早く暮れそうな、ある冬の日のことだった。
少年はいつものように、夕方のチャイムで解散して、友達と別れ、自らの町へと足を向ける。通学指定区域から外れて通っていた少年の帰り道はいつだって一人だ。心配性の親には、暗くなる前に帰るように言われていた。
広い住宅街、少年の影が、長く長く伸びている。
夕影に染まった町、オレンジ色と、暗闇が混じった空。
少年は今日はなにが楽しかっただとか、もしもお金持ちになったらどうしようだなんて、今日のご飯はエビフライがいいな、だなんて考えて、考えて。
気がつく。
時間、歩数共に、いつも見る景色と一致しないことに。
いつものなら、商店街に入ってる頃なのに、そこはまだ、暗い暗い、住宅街。
迷子になったわけじゃない、周りの景色は見覚えがある、気がした。
少年は歩き続ける。夕闇の町を。
ひとつ、少年はあることに気づいた。誰一人とも、すれ違わない。車も見当たらない。
町は、静かなわけではなかったが、人の、いや、生きる気配を感じない。
少年は、少しだけ不安になる。
帰らないと、家に、帰らないと。
少年は、帰路であるはずの道を辿る。
ザー……ザー……ザー……と。なにか、引きずる音が聞こえる。
音は次第に大きくなり、夕闇の町に響く。町は、いつの間にか、引きずる音以外の音はなくなっていた。
引きずる音は前方の、十字路から、横切るように現れた。
背が高く、長い手足を折って、猫背。何か入った麻袋を引きずっている。
オレンジ色のカボチャ頭。
立ち止まった少年は、これは一体、なんなのだろう、と思考が止まる。
少年に気づいたカボチャ頭が、ぐるっと、頭を少年に向けた。
ギザギザの口、三角の鼻、つりあがった目が、切り抜かれている。
中で、オレンジ色の炎が、揺れている。
――君も、迷子かい?
カボチャ頭が問い、少年は、迷って頷いた。
声は、暖かく、優しかった。
――ぼくも、迷子なんだ。良かったら一緒に出口を見つけないか。
知らない人についていくな、という言葉を、少年は思い出し、迷う。
――……後ろからついてくるだけでもいいさ。ぼくはいくよ。
カボチャ頭が歩み出す。少しの好奇心と、少しの不安に負け、少年はついていくことにした。
カボチャ頭は、長い足があるのにも関わらず、引きずる荷物で、その歩みは遅い。
――今日は、楽しかったかい?
楽しかったよ、と少年は声を出す。カボチャ頭はそれに、頷いてる……ように見えた。
少年の前には、麻袋が引きずられている。
麻袋からは、いろいろな、匂いがした。少年にとって懐かしい匂いばかりだ。中には、柚子の匂いもする。
少年が、どうして引きずっているのかと、カボチャ頭に聞いた。
――悪いことをしてね、大切なものを引きずらされているんだ。
これを手放すと、もう二度と戻らない。とカボチャ頭は言う。少年は、なんだかカボチャ頭が気の毒だと思った。
少年が、なんて呼べばいいかと聞く。
――名前だけね、忘れてしまったんだ。でもきっと、ぼくはジャック・オー・ランタンなのかもしれない。
カボチャ頭は、少し寂しそうだ。
少年はジャック・オー・ランタンを知っている。ジャック・オー・ランタンは、生前に悪魔と地獄に行かない契約をし、悪行の限りを尽くした結果、天国にも地獄にもいけず、永遠にどこでもない場所を彷徨うと。学校の図書室で見つけた本に書かれていたのだ。
永遠に彷徨う、その寂しさが怖くて、少年にとって印象的だった。
恐る恐る、少年は、どんな悪いことをしたのかと、聞く。
――さあ? きみが、それをしなければいいだけだよ。
少年はその言葉の意味がわからず、もう一度聞こうとしたとき、右に見慣れた景色が見えた。
少年の家だ。いつもとは逆の方向から、家に辿りついていた。
カボチャ頭の姿は見当たらなく、家の換気扇からは、いつものように、柚子風呂の匂いがした。
妖怪三題噺「かぼちゃ 柚子 湯」
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