kurayami.

暗黒という闇の淵から

君を祝う三つの方法

 日の暮れた、部活の帰り道。少年は突然の、肩のするどい痛みに叫んだ。振り返れば、そこにいるのは、同じ学校の制服を着た少女。満面の笑みを浮かべ、ナイフを片手に立っている。
 肩に広がる、生暖かい感触。
 ……切りつけられた。
「ねえねえねえ、私のために死んでくれない?」
 少女が、甘い声、黒い瞳でおねだりをした。
 少年は恐怖で、反射的に逃げ出す。理解のできない行動に、話しても意味がないと判断をして。
 走り出した少年を、すぐに少女が走り、追いかける。少年の走る道は、ずっとずっと真っ直ぐだ。後ろでは、少女が何かしら叫んでいる。
 追いつかれてしまうかもしれない……隠れたい。
 不安に襲われた少年は、左の角を曲がる。向かう先は、使われていない廃病院。
 一階ホールを抜け、少年は二階へと駆け上がる。廊下には、ベッド、手術台、台座や棚が散乱していて、行く道は限られていた。通れる道を選び、奥にある別の階段を使い、三階へ。
 少女の足音と、叫び声が、聞こえる。
 病室に隠れようとしたが、どれも扉が重く、すぐに開きそうにない。一番端にあった物置のような収納スペースに、少年は入り込み、息を整える。
「ねえ! 今日は君の誕生日だよ? 一緒に祝おうよ!」
 少女の声が三階に響く。少年は少女の顔を思い出そうとした。同じクラスではないけど、同じ階で見たことがあるのを思い出し、他クラスなのはわかっても、やっぱり自身との繋がりは見えなかった。
 やけに遠い先で、何かガラスが割れるような音がした。
「私はね、君の誕生日を祝う方法をみっつ、考えたんだ」
 またか細いガラスが割れるような音。少年の誕生日は、もう半年も前に終わっている。
「ひとつはね、君のお父さんとお母さんを殺して、お皿に盛り付けて、それを見た君の顔を写真に撮って、死んだ君の穴という穴に! 写真を詰めるんだ!」
 何がが割れる音は、どんどん近づく。この廊下にあるものを考えれば、蛍光灯を割っているのかもしれない。
「ふたつめ! 真っ暗な部屋に閉じ込めて、毎日毎日優しく喋りかけて、君が甘えてきたところで、話すことをやめて、放置して、蒸し焼きにするの。私が優しく喋りかけながら食べてあげるね」
 少女の声も、蛍光灯が割れる音も、すぐそこまで近づいている。少年の喉が渇き、眼の奥が熱くなる一方で、身体の震えは止まらなかった。
「みっつめ、みっつめはね」
 蛍光灯が割れる音も、少女の声も、少年の前で止まった。
 この向こうに、いる。
 少年は耳を澄ませる。
 風の音、心臓の鼓動。
 足音も、声も、割れる音も、聞こえない。
 長い、長い間、声は聞こえない。
 長い静寂は、少女が幻という証拠のように続いた。
 喉の渇き、安心への逃避。静寂。それらは少年を動かし、扉に手をかけ、動かす。

 その瞬間、扉は力強く、外へ弾いた。

「安心した君が! 君の選択で死ぬことが一番だと思ったよ! 誕生日おめでとう! 私の愛死体!」
 少年の首は飛び、少女のための身体へと、生まれ変わった。

 

妖怪三題噺「誕生日、蛍光、方法」

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