kurayami.

暗黒という闇の淵から

植え付けるは拷問


 暗い暗い、木々に囲まれた斜面を、全裸の男が転げ落ちる。肌寒さと、剥かれた皮膚の熱さが混ざっては、溶けて焦燥感は増していく。
 漏れる息と、脈打つ心臓の音が、男に響く。
 絶対に生きるという、人間としての強い意思を燃やして、男は下る。


 男にとって、予定のない日曜日というのは、本屋に出かけて、帰りの公園で読み、少し自炊をしようとスーパーによって、食材を選んで楽しむ。邪魔のない一日、時間七分の一の幸せ。
 その日も男にとって、暖かい日曜日のはずだったが、目覚めたのは冷たく、質素な部屋の、パイプベッドの中。男の知っている部屋の光景とは違っていた。
 男はまず、昨晩の記憶を遡った。いつものように仕事を終え、家に帰り、そして……
 これは、いつの帰り道の記憶なのかと、男は疑問に思う。毎日が同じ繰り返し、毎週同じ繰り返しの男は、ぼんやりとした記憶を思い出せない。
 ひとまずベッドから降りようとした男に、重い力が引っかかる。
 手と足に繋がれた枷。
 そこで男は、これが不穏な自体だと気づき、表情が変わる。崩れていく、日曜日。
 枷を外そうと試みるが、鉄製の枷は外れも、壊れもしそうにない。
 枷を触り始めてすぐ、正面にある鉄の扉が、開いた。
 現れたのは、増女の能面をつけた、男とも、女とも取れる体型の、人間。
 『能面』は無駄な動きをせず、ベッドにいる男に近づき、手に持っていたナイフで脇腹を軽く、裂く。
 不意の出来事に、男は悲痛な声をあげた。
「軽く切っただけだろう、大袈裟だなあ」
 『能面』あやすように言う。少し低い声だった。
 男は混乱し、暴れ、枷の鎖と、パイプベッドが金属音特有の音を出した。
 男が気づいたときには『能面』の姿はなく、血も止まっていた。

 

 男が次に目を覚ましたとき『能面』は、ベッドの脇に立っていた。『能面』の横には銀色の台があり、上にはハサミのようなもの、メスのようなものが並んでいる。
 男はふと、自身の身体が動かないことに気づく。身体は、白いベルトでパイプベッドに固定されていた。
 『能面』の手には、長い、カッターのような刃物。それを、男の身体と水平になるように、胸にいれ、生ハムを切るように刃物を動かした。
 男が叫んだ。繰り返し連続して訪れる鋭い痛みは、意識が飛びそうになり、身体が暴れる。しかし、暴れるたび刃物は深く潜っていき、無意識に暴れまいと、手がパイプベッドを抑える。
 長い長い時間、刃物を身体に入れられていた気がした。能面は刃物で切り取った皮膚を、人差し指と親指で摘んで見ている。直径五センチほどの、赤い皮膚。
 男はまだ痛みで喘ぎ、唾液を漏らしている。それを見た『能面』が、どこかつまらなさそうに、ホッチキスを取り出し、剥き出しになった胸に、刺し、植える。
 一回、二回、三回、四回五回六回。

 男は植えられた数だけ、高い叫び声をあげた。

 

 何日も、何回も、皮膚を削られ、ホッチキスを植えられる日々。

 

 男が目を覚ましたとき、暗い暗い山の中にいた。
 微かに、街灯が麓の方に見え、男は走り出す。生きて帰れるんだと、希望を持って走り出す。
 何度も転び、男は麓を目指すが、いくら走っても近づく気もせず、次第に身体中の痛みが目を覚まし始める。昨晩か、一昨日のものが、癒えておらず、血は流れていく。
 山の寒さが、流血が、痛みが、男の体力を奪っていく。
 不意に動けなくなり、音すらも、聞こえなくなる。
 身体の痛みもしない、誰もいない、光もない、傷を与えてくれる相手もいない。
 最後の最後、男に与えられた苦痛は、孤独という絶望。

 

 

妖怪三題噺「ホッチキス、山、皮」

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