kurayami.

暗黒という闇の淵から

ウチノアリサ

 「ねえ、暗闇ちゃん」
「ん? どうしたの?」
 暗闇の部屋の中。ベッドの上、暖かな声と、冷やりとした声が、二つ。“暗闇ちゃん”と呼ばれた、病的な白さに、真っ黒で長い髪、癖っ毛、セーラー服に黒いカーディガン、黒タイツと、萌え袖からつま先まで真っ黒。
 その黒い少女は、人……ではない。

 人ならざるモノ、内なる暗黒、世界を闇から覗くモノ。

 …………と、暗闇ちゃん本人は、自称する。

「せっかく髪が長いんだから、三つ編みにしたらいいのに」
 語りかける少女の暖かい声。暗闇ちゃんは、普段目のある相手なら、目を見て話すようにしている。本人曰く、目はチャームポイントらしい。
 しかし、それも出来ず、暖かい声のその少女は、首がなかった。
 暗闇ちゃんが、首があったであろう場所を見て、答える。
「三つ編みしたいの?」
 そこは、生と死の狭間。終わりとその先の時間の隙間。死者が次に向かう前に居座る“待合室”のような、空間。
「いいよ、髪触っても」
「ほんと? やったっ」
 首のない少女が喜び、ベッドを軋ませて近づく。
「ねえ、本当に死んだときのこと、他に覚えてないの?」
 暗闇ちゃんが少女に、背中を向けて聞く。少女の、細い指が髪を分け始める。
「うんー……悪魔に殺された、ってことしか覚えてないんだ」
 ふうん、と暗闇ちゃんが、片脚を上げる。
「私が知ってる悪魔は、そんなことしないんだけどなあ」
「そんなこと?」
「首切り落としちゃうみたいな、真似」
 暗闇ちゃんが知る限り、悪魔はもっと、残酷だ。
「でも悪魔みたいな、素敵な人だったんだよ」
「人、それなら納得かもしれない」
 暗闇ちゃんが顔をあげた。
「もうっ、動かないで」
「ごめんって。にしても、なんで殺されたんだろうねえ」
 少女を見る限り、三つ編みはうまくいってるようにみえなかった。
「私のこと好きだったのかも」
「ええ、すごい自信だね」
「私のことをね、たぶん好きだった人がいたの。同じ美術部でね」
「美術部、私の友達は芸術家さんが多いなあ」
 一瞬、少女の指が止まる。そこに首があって、表情を見れたら、友達と言われて照れる顔を見れたことだろう。
「もーだめ、ぜんぜんだめ。暗闇ちゃんの髪なんでこんなうねうねしてるの」
「ちょっと、ちょっと。美術部らしいとこ見せてよね」
 暗闇ちゃんの髪を手放す少女と、呆れる暗闇ちゃん。
「……私、いつになったら次に進めるのかなあ」
 不安そうな声で、少女が言う。首が帰ってくるまで、少女は“次”に進めないでいた。
 その質問に暗闇ちゃんは、返せない。首を切り取り持っていった人のことを考えれば、それは一生その人の手元から離れないだろうと、考えるからだ。
「ねえ、また来てくれる?」
「それはもちろんだよ、今度はキャンバス持ってくるね」
 暗闇ちゃんは、首のない少女に、約束をする。

 

妖怪三題噺「人 物 場所」

僕なら「人ならざるモノ みつあみ 生と死の狭間」

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