kurayami.

暗黒という闇の淵から

その名が辿るもの

「あのね、しってる?」

「なになに」

「おおつき山のね、うら山にはね」

「うらやま?」

「おおつき山の、うらにある山のこと!」

「あー……しってる、しってる」

「そう、その山にね、入るとね、向こうにも、こことおなじ町があるんだって」

「ええ、どういうこと? わかんない」

「だから、おなじのがもうひとつあるんだって!」

「わかんない」

「赤白ぼうしの、赤のうらは?」

「白!」

「そういうこと!」

「えー」

………

 二学期の授業を終えた、終業式の日、その正午のことだった。クラスメイトの友人たちが「冬休み祝いに、大月山に登ろうぜ」なんて言い出したのだ。みんな自転車を持ってるからいいけど、持っていない俺は走りになる。しかし、そういう突発的で、ほとんど意味のない山登りみたいな悪ふざけは嫌いじゃなくて、その誘いに乗った。
 家に荷物を置き、着替え、財布を持って、集合場所の校門前に集まる。すでに四人ほど集まっている。
「小林……お前自転車ないんだっけ」
 俺のことを誘ったクラスメイトが、申し訳なさそうに聞く。
「え、ああ、別に山だし、登りとかは大丈夫でしょ?」
 自転車で移動になる際、なくて走りになるのは、別に慣れていたし、なんとも思わなかった。
 校門前を出発して、山の麓まで走る。
 大月山は、この街の西に位置し、その向こうに広がる山脈の入り口と、街のシンボルの役割を持つ山だ。観光名所としの役割も強く、山頂まで車で登れる公共の道もあって、今日はみんなでそれに登る。
 登りだから自転車と同じスピードで走れると思ったのは、考えが甘かったみたいで、たびたび、距離の開くたびに、みんなを待たせることになった。途中、さすがに申し訳なくなって、後から追いつくから山頂に行ってて大丈夫、と伝え、山腹で休憩することにした。山腹とはいえ、高さはそこそこあり、街を遠くまで一望できた。
 山を登り始め、二時間。なんとか、山頂には着いたものの、そこにはクラスメイトどころか、人一人いなくて、少し寂しい気持ちになった。そっか、そうだよね、帰っちゃうよね。
 せっかく登ったんだと、山頂にあった普通より高い値段の自販機で缶コーヒーを買って、街を見下ろす。いつの間にか、街は夕陽色に染まっている。もうそんな時間なんだ。
 街を見ていて、一つ違和感を感じた。
 街の真ん中辺り、学校の近く、異様に高い煙突が見えた。
 あんなの、あったっけ。

 山を降りて、家に帰る途中、例の煙突を確認しようと学校の近くへ行った。
 その煙突は街のどこからも見えて、正直、見過ごしていた、気づかなかったとか、そういう話には、なりそうになくて、俺は煙突の元まで行く。途中、街で人とすれ違うことはなかった。
 煙突の元。そこは、大きな、真っ白い箱のような、工場だった。真下から見ると、煙突は、まるで東京のビルのように高い。
 やっぱり、こんなものは今までなかった。
 真っ白な工場を一周すると、扉があり、中を覗くと、何か、重い機械音がする。
 俺がもし、大人だったら、入ろうなんて好奇心はなかったのかもしれない。中に忍び込み、奥へと進む。階段があったから、階段を登り、扉を開ける。
 暖房とは言い難い暑さがそこにあった。
 扉の先は、工場の中心部を上から覗けるような構造になっていて、下を覗くと、大きな釜の中、たくさんの人が、かき回されている。
「あ、君」
 声のする方、左を見ると、作業服を着た、見覚えのある顔がそこにあった。
「小林……?」
「そういう君だって、小林でしょ」
 懐かしいやり取り。幼馴染みの、小林夢乃が、そこにいた。
「お前、突然消えてなにしてるの。親御さん心配してるよ」
 俺の問いかけに、一瞬間を置いて、夢乃は言う。
「ここで、働いてるんだ」
 夢乃は、目線を工場の中心部に目を向ける。
「昔さ、裏山の話したの覚えてる?」
「あれだよね、赤白帽の話?」
「そう、それ。ここはさ……大月山登ってきたでしょ? 君は、山頂から裏山のほうに迷い込んで、この裏の街に降りて来ちゃったんだね」
 昔……幼稚園の頃に聞いた、裏山の向こうに広がる、街の話。
「あの話、本当だったんだ」
「うん、私はね、知ってたの、選ばれた<小林>だから」
「小林だから?」
「ここはね、様々な物語を辿った全ての<小林>の、ゴミ箱なんだ」
「ゴミ箱……?」
「そう、いろんな世界にいる<小林>の名を持つものの、その末路」
 それを聞いて、中心部を見る。そこには老若男女の、様々な人間がかき回されている。これが全部、小林なのか。
 かき回されている人の中、一人の男の顔が気になった。
「……なあ、あの人さ」
「あの人は、未来の、ある物語を得た君だよ」
「えっ」
 夢乃の顔見たとき、大きな鐘の音が、工場の中に響いた。
 帰りの、チャイム。
「君はもう帰る時間だね」
「待てよ、お前はどうするんだ」
「またいつか、物語を辿れば、私に会えるから」
「本当に?」
「本当に」
 俺は夢乃と別れ、工場を出る。

 今まさに、俺はこの物語を終えようとしていた。

 

妖怪三題噺「小林、ゴミ箱、裏山」

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