kurayami.

暗黒という闇の淵から

耳たちの休日

 神の気まぐれのような秋の空に、一本の飛行機雲が、黒い鉄格子の隙間から見えていた。

「実験がない日なんて、久しぶりですね」
 目、手足のない少女……“目見えず”が、ルームメイトに話しかけた。
「いつぶりだろうなあ。最近はお偉いさん方が焦っていたこともあって、ずっと実験続きだったもんなあ」
 “目見えず”から斜め後ろ、壁に背中を預けていた、大きく、尖った耳を持つ男……“耳付く”がそれに答える。
 重たい鉄の扉、鉄格子の窓、コンクリートできた冷たい部屋の中。今日は、実験のない、休日。

 アジア国公認研究施設、アヤツジ研究所。
 「より能力に優れた人間」を目的に、囚人、奴隷、孤児を使い、人体実験を目的とした研究施設が、アヤツジ研究所だ。眼科、歯科、皮膚科、耳鼻科、脳精神外科と、内部で研究は分かれ、各々部位の強化実験をしている。
 “目見えず”と“耳付く”は、耳鼻科に所属する、実験体だ。
 “目見えず”なら、聴く以外の機能を奪い、聴力の向上を目指す実験。“耳付く”なら、聴力に特化するよう作られた、人工の耳を身体に施し、その効果を見る実験となっている。
 現状、聴力が最も強いとされているのは“耳付く”となっていた。

「そういえば聞いたかよ。眼科んとこのトンボさん、視力がそれはそれは上がったはいいけど、使いすぎて馬鹿でかい眼鏡かけてるらしいぜ」
「せっかく実験してそれなら、意味がないですね」
 クスクスと“目見えず”が笑う。
「にしても休日かあ。久しぶりすぎて、何したらいいかわからねえな」
「そうですね。ミミヅクさんは、あの頃の休日はどう過ごされていたんですか?」
 あの頃、誰が言い始めたかは誰も知らない、実験体たちの間で使われる、人間だった、あの頃。
「いやあ、喧嘩に明け暮れてたよ? だから捕まったんだけど。メミエズは?」
「私は、そうですね。母が死んですぐ奴隷になってしまったので、休日というと、母に甘えるような、そんな日だったと思います」
「あー……そっか。あれだ、その、なんだったらお兄さんに甘えてもいいんだぞ」
「ふふ、遠慮しておきますね」

 二人がルームメイトとなったのは、動くことができず生活のできない“目見えず”の世話係りに、体力のある“耳付く”が選ばれたのが始まりだった。なにをするのにも、二人は一緒。“目見えず”が泣いているときは“耳付く”が励まし。“耳付く”に元気のないときは“目見えず”が昔話を聞かせてと甘え、紛らわす。

 秋の、冬混じりの冷たい風が、部屋に入り込む。
 “耳付く”が“目見えず”の耳を、両手で塞いだ。
「なんですかなんですか、ミミヅクさんが甘えるんですか?」
 “耳付く”は、細い目をして、空を見つめた。
「……私だって、実験体ですから、聴こえていますよ」
 遠く、遠く。空を切る、鋭い音。
 “耳付く”が少し、驚いて、手を離そうとする。
「最後まで、そうしていてほしいです」
 “目見えず”の、微かに震えた声。
「大丈夫、離さない」

 全てを無かったことにする、筒状のそれが届くまで、後七分。

 

妖怪三題噺「ミサイル ミミズク ミミズ」

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