kurayami.

暗黒という闇の淵から

どろどろ殺意

『あの、ホ別2ってなんですか?』

 その子……前田一郎君と、知り合ったのはネットの掲示板だった。
 やたら用語を聞いてくるから、私と同じ、大学生なんだろうと思っていたけど、まさか、高校生とは。
 しかし、金はしっかり払うし、無理な行為を望むわけでもない。むしろ、望んでくるもの自体、少ない気がする。私にとっては、少し好都合な儲け相手だった。

 前田君との、金銭のやり取りは、数にして三回。一回目から、八ヶ月が経つ。

 四回目の今日。いつものようにラブホテルの裏にある公園で待ち合わせをして、部屋に入る。
 その日は、一回目と同じ部屋、二〇七号室。
 部屋に入り、上着をかけているとき。
「これ、先渡しておきますね」
 そう言って、前田君は、板チョコを渡してきた。二回目、三回目からだろうか。私がチョコレートを好きと話してから、板チョコの包装紙の隙間に、必要なお札を挟んで渡すようになったのだ。
 なんでも、そのまま渡すのは生々しくて、嫌だという。生々しいことをしていることには変わりはないのに、年相応だ。
「いいの?」
「別に、西園さん逃げないでしょう」
 前田君は、そう言ってベッドに腰をかけて、見上げている。こういう動物を、私は知っている気がした。
「そう。チョコレート、ありがとうね」
 いつものように、前田君がシャワーを浴びている間に、煙草を吸う。彼は、煙草の煙があまり好きではない。壁の向こうから、シャワーの音が聞こえる。この間に逃げちゃうのもアリだなあなんて思ったけど、あの子は特別可愛い常連だから、いいのだ。恋愛感情に密接していて、似ているものを、私に向けているのは知っている。あの子が大人になるまで、きっとこの関係は続くのだろう。
 タオルを首にかけ、びしょびしょに濡れた前田君が出てきた。たぶん、私が知っている動物は『捨て犬』という動物かもしれない。
「煙草吸ったでしょ」
 さすがにバレた。
「ごめんって。換気できるまで洗面所で待ってなよ」
 冗談のつもりだったが、前田君は本当に、私が出るまで洗面所に、体育座りをして、携帯を触って待っていた。

 いつものように、いつものように、肌と肌を滑らす。
 前田君の肌は、私よりも白くて、乾いている。折ろうと思えば、折れてしまいそうだ。私は知っている、前田君は上に乗られる方が好きだ。私は知っている、前田君はキスが好きだ。私は知っている、前田君は指でなぞると少し起き上がる、きっとなぞられるのが好きなのだ。
 私は、この男子高校生を知っている。
 この日、私はいつも以上に、なぞった。首を、腕を、背中を、胸を。こんなに思うように反応する子はあまりいなくて、少し楽しくなる。
 突然、前田君が私を押し倒した。怒らせたのかもしれない。
 前田君が、私の胸に一瞬体重をかけ、首に手をかけ、絞める。

 わかっているけど、わかっていない、切なさそうで、泣きそうな顔。迷いのある、指の力、殺意。
 まるで割れた、鋭い板チョコだ。

 チョコレートで作られた包丁なんかじゃ、私のことは殺せないのに。
 私は、彼の頭を寄せて、キスをした。

 その殺意は、どろっと、舌の上で溶けていく。

 

 

妖怪三題噺「チョコレート ホテル 包丁」

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