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kurayami.

暗黒という闇の淵から

肉月

 私があの子……香菜とケンカをしてから、半月が経った。
 仕事終わり、いつものように、携帯の通知を見ても、あの子の名前はない。そう、甘えたのあの子から連絡するはずがないの、けど、私から連絡するわけにもいかない。
 今回はいつもと、少し違う。ルールを破ったのは向こうなのだから。

 名古屋駅、十一番線。亀山行き。
 仕事を終えた大人たちの一人となって、電車に揺られる。車窓の向こう側にある景色を見て、あの子のことを考えていた。
 どうして、どうして、そんなことを言うの。
 快速電車は、八田、春田と、通過していく。
 次は、蟹江、あの子が使う駅。車窓に映る、あの子の街。
 一瞬、真っ白な外観の飲食店が、見え、過ぎていく。あの子の家に行くたびに、気になっていたお店だった。
 蟹江に着いた電車は、電車待ち合わせのために、三分停車をする。何か、何か私にできることはないのかって考えて、決断するには、十分な時間で、私は関西本線の電車を、降りた。
 白い、お家のような駅を出て、線路沿い、あの子の家までの道を辿りながら、この道にあの子を重ねる。あの子は、今どうしているのだろう。
 車窓から見えた店は、線路沿いにある。真っ白な外観に、薄暗い出入り口。そこまでは大きくもなく、あまり目立った様子のない、飲食店。いつも、空腹を誘う匂いを微かに流している。
 今日の匂いは、一段と、私を誘う。まるで今日は貴方の日ですよ、とでも言うかのように、まるで車窓で見えていたときから、私を誘っていたかのように。
「いらっしゃいませ」
 気づけば、中に入っていた。白シャツに、黒ベストに黒いエプロンを腰に巻いた、初老のスタッフに出迎えられる。ピークタイムを過ぎているのか、他に客の様子は見られない。私は、通されるがまま、一番奥の席へと、案内された。
 あの子の街で、あの子のことを考えるのが、一番良いのかもしれない。そう、私は、誰かに説得するかのように、言い聞かせる。
 ジャケットを脱ぎ、メニューを見ると、肉料理を専門とした店だということがわかる。様々なメニューの中でも、気になったのは、右下。

 〈貴方が食すべきもの〉

 私が食べるべきものとは、なんだろう。普通の会話ではでない、言葉で、肯定で、私はそれが気になり、それを注文することにした。
「かしこまりました」
 初老の彼が厨房の奥に消え、十分後。ワゴンに料理を乗せ、帰ってきた。
「はやいですね」
「ええ〈貴方が食すべきもの〉……ですから。予め準備していました」
 少し微笑んで、彼はそう言い、私は笑ってしまった。
 テーブルの上に、十一品の肉料理が並ぶ。その量はまりにも多く、私が声をかけようとしたのを察したのか、
「ええ、大丈夫ですよ。多いように見えますが、きっと貴方様は全て食べきるかと」
 と、彼は言う。少し心配にもなったが、向こうがそう言うのだから、いざとなれば残せばいいと、私は箸を伸ばした。
 一品目は、レバーのような肉だった。少し鉄臭いが、嫌な気はせず、癖になる味だった。
「そちら、肝臓でございます」
「肝臓……えっと、なんの肝臓ですか?」
 彼はお茶目に、人差し指を顔にかざした。何の肉かは気になったが、全て食べ終わってから当てるのも面白いだろうと、私は聞くのを諦める。
 二品目に選んだのは、スープに浸かった肉料理。少し、苦味があった。
「そちらは、胆嚢でございますね」
「胆嚢?」
「消化の助けになる、胆汁を貯蔵している臓器でございます」
 一体、何の。気になるが、その味は美味しくて、箸は進む。これは、香菜と来たかったと、思い、思い出し、少し悲しくなる。

 ――ねえ、私たちそろそろ……

 あの子の言葉を思い出して、臆病なのは自分だったんじゃないかって、考えてしまう。あの子との距離感は、もっと近くて、良かったのかもしれないと。
 迷いながらも、私は次の料理に箸を伸ばした。その三品目は、火が通っていて、噛みごたえのある、食感。
「これって、もしかしてハツじゃないですか?」
「そうでございますね。そちら心臓、になります」
 なぜか、言い直される。しかし、これでわかった。
「あの、もしかして」
「はい、こちら五臓六腑のコースでございます」
 やっぱり。十一品はそういうことなんだ、と納得する。
 塩焼きとタレ焼きと二つで対になる腎臓。柔らかく少し臭みのある脾臓。「こちら健康なものを調理しました」と肺臓。歯応えと厚みのある胃。どれも、身体に染みるように、馴染むように、美味しい。
「これは?」
 味付けもされず、まるでユッケのように、火の通されてない料理が気になった。
「そちら、三焦、でございます」
「さんしょう?」
「どんな働きをしているのかは、わからないのですが……そちらも五臓六腑のひとつでございます」
 そんな臓器があるのかと、気になったが、その味は甘く、口の中で溶けていく。
「美味しい……」
「ありがとうございます」
「本当に、何の肉か気になります」
「貴方は知っているはずですよ」
 初老の彼はそうは言うが、私にはわからない。以前食べたヤギの肉と、似てる気もする。
 柔らかく脂身の多い小腸。対してかたく、歯応えのある大腸。そして、これには驚いたが、これもかたく、独特の臭みがある膀胱。
 彼が言う通り、私は軽く、全ての皿を食べきってしまった。本当に、馴染むように私の中へと、入っていく。
「こちら、もしよろしければ、当店からのサービスでございます」
 そう言われ、テーブルに、一皿が追加される。一枚の、肉。
五臓六腑ではないのですが、こちら、舌になります」
 私は、その一枚の、先の尖った形状を見ないフリをして、舌の上に転がす。
 知っている、感触だった。


 私は、再び駅のホームに立っていた。
 静かに、お腹を撫でる。臆病だったのは私だったんだね。
 遠くに、電車の灯り。
 
 それなら私も、欲に従いたい。

 向かってくる終電に身を投げ、
 二人分の臓器を、綺麗に私は散らし、永遠を飾った。
 
 
 妖怪三題噺「ホルモン 電車 キス」
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