kurayami.

暗黒という闇の淵から

灰者

 神代幸と出会ったのは、高校を卒業してからだったと思う。

 この高校を卒業をした前か後かという線は、俺の落ち度を知らないか知っているかという、重要な線で、神代は数少ない後者だった。
 どうでもいい出会い方だったはずだ。同じアルバイト仲間の友達の、友達みたいな、そんな。お互い暇なタイミングがよく重なって、一緒に飲むことが多かった。

 誘うのはほとんど向こうからだ。というのも、向こうは猫のように気まぐれで、自分のタイミングしか受け付けない。
 集まるのはいつも、ゴールデン街。歌舞伎町側から入って、左に曲がって三列目にある、小さなバー。

 その日、バイトが急になくなった俺は、いつものバーに訪れた。
 木製の扉を開き、中に入ると、神代が手前のカウンター席に座っていた。
「あれ、前ちゃん、火曜日はバイトじゃなかったっけー」
 神代がへらへらと、笑いながら言う。すでに何杯か飲んでる様子だった。
「急になくなったんだ。というか、何時から飲んでるんだよ」
「夕方から~」
「いいご身分で」
 へらへらと笑う神代の隣に俺は当たり前のように座り、ハイボールを頼んだ。
「なに飲んでるの?」
「コ~スモポリタン」
「本当にいいご身分だな……」
 ショートカクテルなんて、貧乏の俺には理解ができない飲み方だった。
 神代と飲みながら話すのは、他愛のない互いのバイトの愚痴や、生活や、子供の頃の話。だけど、ほとんどは俺が聞き役になって、神代の話を聞くことの方が多い。
「あ、ねえ、もし死んだらどうされたい? どう処理されたい?」
 そしてたまに、今みたいに突拍子のない疑問を投げてくる。
「あー……普通に考えたら火葬じゃん?」
「痛くない?」
「痛くないだろ、死んでるんだから」
 んー、と納得のいくかいかないかの顔をして、神代はずれた眼鏡を直した。
「燃えカスになっちゃうよ」
 燃え滓。俺は少し、その言葉を真剣に受け止めて、ハイボールを一口飲み、考えてみる。
「別に、カスがカスになるだけ、だと思うけど」
「えーやだ、一緒にしないでよもう」
 神代がケラケラ笑いながら、俺の背中をバシバシ叩き、その拍子に俺の眼鏡もずれた。完全に出来上がっている。
「前ちゃんはさー自分のことカスだと思ってるんだ?」
「知ってるだろ、落ちぶれ具合」
 俺の言葉に、神代はそのとき飲んでいたショートカクテルをちょうど三口目で飲み干し、俺の方を向いた。
「カスはカスでも、燃え切ったカスだと、私は思うけどね」
「……それは、いいカスなのか?」
 神代の言葉に、笑ってしまう。そういう、突拍子がなくて、不規則で、ダメ寄りの思考なのに前向きな、そういうところに俺は惚れているんだと思う。

 終電間際、いつものように、東口前で解散をするときのことだった。神代が俺の頭を撫でた。たまに、こうやって、気まぐれに俺の頭を撫でることがある。
 その気まぐれが、辛くて、少し嬉しかった。
「まあ、元気だしなよ」
 神代はそう言って京王線の改札に消えていく。
 猫のように、気まぐれな女。

  その後も、俺は神代の気まぐれに振り回され続け、いつか神代を見失って、それでもなお想い燃え続けて、幾年。
 その気持ちは、燃え滓のように、記憶から離れない。

 

妖怪三題噺「片思い 猫 燃え滓」

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