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kurayami.

暗黒という闇の淵から

ビー玉

 午後四時過ぎのこと。
 男……リュウガは、読み終えた本を、窓際に置いた。日中だというのにやることがないと、不満に思い、ため息をつく。
 見た目の割に、重いコートを羽織り、長年お気に入りのラッキーストライクと、マッチをポケットに突っ込み、リュウガは家を出た。

 今にも雨が降りそうな、厚い灰色の空が、古い団地の町並みを、暗く染めている。

 全てを終えたリュウガには、生活に困らないであろう支給金、読書と散歩で時間を潰す日々だけが残った。
 廃墟と化したーー幼き日の自身が通っていた―—保育園に入った。焦げたように、黒ずんだ廊下の先、奥から三番目の部屋、かつて“クチナシ組”だった空間に入り、園児用の朽ちかけた椅子に、リュウガは腰を下ろす。
 ポケットから煙草を取り出し、火をつけたときのことだった。
「おじさん」
 正面、庭のほうの入り口から、リュウガは少年に声をかけられた。
 ボロボロの服に、ラムネの空き瓶を両手に持った少年だ。
「なにしてるの?」
「休憩、してるんだよ」
 煙草を吹かしながら、リュウガは答え、それが合図のように、少年はリュウガに駆け寄る。
「おじさんおじさん、遊ぼうよ」
「おいおい、知らないおじさんに話しかけちゃダメって教わらなかったのか」
「それ知ってるよ!」
 少年は褒めて、とでも言いたげな顔をしている。
「知ってるだけじゃ、だめだろう」
 少年に煙がかからないよう、リュウガが身体の向きを変える。
「おじさんいくつ?」
「三十四」
「なんでここにいるのー?」
「この保育園に通っていたから」
「ほいくえん?」
「ああ、そうか、知らねえか。子供の国みたいなとこだな」
「へえ、いいなあ」
 少年の質問は続く。
「なんで足が一本ないの?」
「地雷を踏んじまってな」
 本当は仲間の庇ってのことだったが、リュウガは嘘をつく。
「じらい?」
「戦争でつかうやつ」
 説明が面倒になったリュウガは濁す。
「あ、じゃあ、へいたいさんだ!」
「そうだ。悪いな、負けちまって」
 リュウガは、悪びれた顔はしていなかった。
「えっ! ていこく負けちゃったの?」
「そうだぞ。何も知らないのか」
 帝国が、敵国アジアに敗戦し、第十三区となったのも、もう半年も前の話だった。
「そっかーショックー」
「なんかごめんな」
 特に、感情の篭っていないやり取りが行われる。
「少年は、なんだったら知っているんだ?」
 リュウガが少年に聞く。
「えっとね、オレの名前はテイトって言うんだ」
「あーうん、なるほど」
「あと、それ、たばこでしょ? すごいたかいやつ」
「あ、ああ。それは知ってるんだな」
 いつの間にか、少年は横に座っている。
「いいなーかっこいいなあ」
「かっこいいもんか、身体にも、生活にも悪いぞ」
「なんで吸いはじめたの?」
「なんでって……」
 なんでか。学生のとき、近所に住んでいた憧れのお姉さんに近づきたくて、吸い始めたなんてことを、リュウガは思い出す。
「なあ、それ、懐かしいもん持ってるな」
 話を逸らそうと、リュウガは少年の手元にあるラムネの空き瓶を指した。
「これ? なつかしいの? ひろったんだけど、中のキラキラしたやつが取れないんだよねえ」
 子供はいつの時代も変わらないもんだなと、リュウガが笑う。
「それ、庭の真ん中に置いてこいよ。俺が取ってやるから」
 少年は言われるがまま、庭の真ん中に、青く透き通る瓶を置き、リュウガが胸ポケットに手を突っ込む。
 
 銃声が、団地に響いた。
 
妖怪三題噺「愛煙家 保育園 ラムネ」
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