kurayami.

暗黒という闇の淵から

生温い告白

 僕が、高校生でいられる最後の、年の夏のこと。
 毎年のように、僕は僕の住んでる街を出て、旅に出たんだ。ただその年は、一年生や二年生の時と違って、日程とか、ある程度どこに泊まるかというのは決めていたんだ。旅というよりは、旅行に近かった。たぶん、高校生として出来る最後の旅だからと、張り切っていたのかもしれない。
 東京を出て、横浜、難波、出町柳東尋坊、金沢と渡り、たぶん七日目。朝一のバスに乗り、僕は、白川郷に辿り着いた。
 ネットや、アニメで知ってはいたけど、実際の白川郷は、想像以上のものだった。見渡す限りの、見たことのない家の形に、深い山々。普段住んでる世界、今まで訪れた街とは、それは全くの別物で、僕は圧倒される。
 午前中はレンタル用の自転車を借り、広い白川郷を走り回った。端に、全体を見渡せる山があり、そこまで登り、一望を楽しみ、セルフタイマーで写真を撮る。一人旅なのが、さすがに寂しくなった。
 家にいたのが数日前のことで、家に帰るのは数日後の予定となっている。すっかり旅の最中にいた。普段いる時間とは別の時間、どこまでも行ける、非現実。その感覚がとても心地良い。
 午後になり、午前中の観光客が帰っていき、白川郷は、きっと普段通りの静けさが訪れた。夕方のバスまで、まだ三時間ある。僕は自転車を返して、白川郷を歩くことにした。
 いたるところに、用水路が流れていて、それを辿ってみることにした。綺麗な水流なのか、魚が群れを成して泳いでいる。
 携帯が、通知音を奏でた。見れば、友達からのメッセージが来ている。『今どこにいるの?』と、たぶんSNSを見たのだろう。途中退学をした、一つ上の女友達。なんだか、その友達を懐かしく感じて、電話をかけることにした。
「もしもーし、今大丈夫?」
『大丈夫だよ。今どこにいるのさ』
 声の主は、確かにそこにいた。でも、いつも聞く声とは少し違う、少し高い。
「今は白川郷にいるよ」
『えっと、どこだっけそれ』
「ほら、あの、少しグロいアニメのさ」
『あーあー』
「あ、ごめん、ちょっと待ってもらってもいい?」
『うん』
 キュウリとトマトの、無人販売所を見つけた。流水に浸されたその涼しさに惹かれ、買うことにした。
「キュウリ売ってた」
『ん? キュウリ?』
「うん、キュウリ」
 マヨネーズと、塩が脇に置いてあって、僕は塩をかけて食べることにした。
「なにこれ、めっちゃ美味しいんだけど」
『買ったんだ』
「東京で売ってるやつと全然違う……健康になりそう」
 そのキュウリは本当に美味しい。
『いいなあ』
 たぶん、心に思ってない言葉だったのはわかる。
『私も、旅したいな』
「危ないよ」
 僕はキュウリをかじる。
『自由になりたいな』
 ここで、友達の声に元気がないことに気づいた。
「元気ない?」
『んー少し』
「どうしたのさ」
 この流れで「どうしたの?」と聞くのは、個人の癖か、それとも人はみんなそうなのか、なんて考える。
『君はさ、自身がした悪いことって覚えてる?』
「えっ、いや、範囲によるけど、全部は覚えてないと思う」
 そんな台詞を言う悪役と、ヒーローを思い出す。
『私も全部は、覚えてない』
「うん」
『私はね、少しでも、悪いことは自覚したいの』
 その友達は、人は光であるべき、という優しく暖かい人ではあったけど、ここまでだっただろうか。
『ねえ、どうしたら自覚できると思う?』
「忘れない……とか?」
『そうだね、それもは大事かも』
 僕は、キュウリを片手に日陰になっていた石段に座る。
『それって、自身が業の深い人間であることって、常に考えるべきだよね』
「どうしたんだよ、考えすぎじゃないか?」
『だって、世の中には合わない人だっているんだもん。磁石にS極とN極があるように、人と人ももそうだったんだ。だから仕方がない、でも悪いことには変わりはないの』
「おい」
 友達は止まらない。
『だからね、だから、仕方がなかったの。例え親でも、反発してしまったらくっつかないから、同じ血だもん、きっとNとNだったんだ。ああ、君と私みたいに、くっつけば良かったのにね。本当に残念。ああ、ああ……そっか、君は遠いところにいるんだ。君なら手伝ってくれる気がしたんだ。私ってダメだね』
「どうした? 大丈夫か……?」
『私はね、業を背負ってしまったんだ』
 電話が切れた。
 手の中に、生ぬるくなった、食べかけのキュウリが残っている。

 

 

妖怪三題噺「業 磁石 キュウリ」

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