kurayami.

暗黒という闇の淵から

旅の記録 -始まりの旅-

 旅をすることが好きだった。
 中学生のときに読んだライトノベル『旅に出よう、この世界の果てまで』が、大きく影響をしていると思う。その作品はタイトルの通り、旅に出る作品で、少年と少女がカブに乗り、北海道を旅する。それがなんだかとってもかっこよくて、可能性を秘めていて、ずっと憧れていたんだ。

 高校一年生になって、仙台に彼女ができた。遠距離恋愛なんか初めてで、どうしたら会えるのだろうと悩んでいたところ、電車に詳しいK君が『青春18切符』というものを教えてくれた。これが、18切符との出会いだった。
 知ってるかもしれないけど、18切符というのは、一日JRの鈍行電車乗り放題という効力を持つ切符だ。五日分で12500円。体力があれば、東京から四国にだっていける、2500円でね。とても安い。体力で解決できる安さが、特に男子高校生と相性が良かった。
 K君から18切符の余りを格安で買い、その夏、僕は家族に何も告げず、仙台へと向かった。片道6時間。初めての鈍行はただひたすら孤独で、乗り換え、寝過ごしの恐怖と、我慢の戦い。しかし、窓から見る新しい世界には、心を躍らせた。

 泊まる場所等は彼女が用意するというので、お金はほとんど持って行かなかった。若い。ただ、泊まる場所というのがまさか、彼女の家にある一度も使われていないトイレだとは思わなかった。真夏の密閉された狭いトイレで一晩、二晩を過ごした、地獄だったと思う、やはり若い。夜な夜な彼女が、ドアを開けて僕を確認していたのが印象的だった。
 しかし、さすがにそのトイレ宿泊というのは長続きせず、僕は仙台の街に、野宿できる場所を探した。出来るだけ虫も、人も来ない、コンクリート製の寝床が良いと、理想は高かった。当時『荒川アンダーザブリッジ』という漫画が流行っていた。主人公の新入りのホームレスは、新しい家として橋と柱の隙間で暮らし始める。僕はそのことからヒントを得て、橋という橋を探した。そして見つけた、古く細い橋、その橋の下、柱の隙間。僕は近所のスーパーからダンボールをいくつか貰い、軽い敷き布団にし、その上に寝袋を設置し、一晩を過ごした。夜風の中、口の中で血の味がしたのを、今でも覚えている。
 柱での生活に慣れ、二日。彼女に会えない日中は、仙台を散歩した。すごく遠いとこにあった、伊達政宗銅像を見に行ったりもしたっけ、あれは本当に遠かった。僕は土地勘だけは人一倍強く、すぐに街の道を覚えた。
 そんな中、僕は二人組のお姉さんに道を聞かれ、案内をした。道案内をしながら、現在の状況や、年齢の話をしているうちに、もし何かあったらと連絡先を渡された。僕は純粋に、親切な人だなあ、なんて、嬉しくなった。
 柱生活四日目。節約をしていた僕は、空腹だという話をメールでしたところ、美味しいものを食べさせてあげると呼び出された。お姉さんたちに車で連れて行かれたのは、お経を唱える施設だった。二階から聞こえるお経に、もうどうしたらいいのかと怯えていたと思う。今思えば、なんでそこで怯えるのだろうか、他にもっとあるだろうに。最後の最後、国産のおにぎりを一つ、貰った。ついでに言うと、そのお姉さんとは最近までずっと連絡を取っていた。さりげなく誘われるのを、さりげなくかわしながら、数年間メル友だった。
 飢えの中で飲む極上のマッチ。直線道路の多い町での補導警官からの逃走。求められるリストカット。野宿に潜む大型の蚊地獄と雨。様々な昼があって夜を得て、僕は片道6時間をかけて、八王子へと帰った。

 帰ったその夜、父に「何か見つかったか」なんてかっこいい言葉を言われたのは後にも先にもあのときだけかもしれない。僕はお土産の牛タンを差し出すことしかできなくて、旅で家族にお土産を買ったのも、後にも先にもあのときだけだったかもしれない。

 

 こうして、僕の記念すべき、一回目の旅は終わった。鈍行での旅なんてこれっきりだろうなんて思ってたけど、まさかこれが始まりだったなんて……! そのときの僕は、思いもしなかった。って言うと、とても次回へ続く感じがする。

 

 

 次回『旅の記録 -高校生の旅- - kurayami.』に続きます。