kurayami.

暗黒という闇の淵から

床下のわたし


 とろりと、それは黒髪の、宿主の手首から離れた。

「将来が見えない。どうしようもない」
「時間がない、時間がない」
「ああやだ、やだ、なにも考えたくないよ」

 手首を伝って、それは、ここに落ちてくる。

「消えたい消えたい消えたい」
「なんでかな、なんでかな、なんでかな」
「消えて消えて消えて」

 幾年幾晩をかけて流れ落ち、滲みていく。

「苦しいよう、辛いよう、なにも考えたくないよう」
「どうしてなにもできないの、忘れたい忘れたい忘れたい」

 生温い、真っ赤。

「どうして?」

 憂鬱な声が、聞こえる。

「なんであの人といるの、話すの、ねえ、どうして、許せないよ、やだよ、私だって一緒にいたい、話したい、声が聞きたいよ、なんで私だけのものにならないの、理解できないよ、私だけ、私だけでいいじゃない、どうして、なんで、わからないよ、本当、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ私だけ、私だけがいい、ねえ、お願いだから言わなくても伝わってよ、理解してよ、私を見てよ、私だけに吐いてよ、君が私を見てくれないのなら私、生きれないよ、ねえ、ねえ、ねえ、死にたくないよ、幸せにしてよ、君しかいないんだよ、助けて助けて助けて、ねえ、助けてよ、私と一緒に暖かいカフェオレを飲もうよ、お昼の公園で一緒に笑おうよ、一緒にたくさんの夜を過ごそうよ、これから先も一緒に、一緒にいようよ、ねえねえ、お願いだから言うことを聞いて、頭が痛いよ、眠いよ、辛いよ、なにもできないよ、全部君のせいだよ、嘘、嘘だから、君のせいにしたくないから、ねえ、ねえ、私を見て、だめなの、こんなこと、君に言えるわけないでしょう、ねえ、そうじゃないの、君のことが大好きだから許してほしいんだ、だから君の側でわがままを言わせてよ、だめかな、だめなんてことは知ってるから、私は悩んで、頭を抱えて、気持ちを抱えて、こうして吐き出すしかないんだ、、痛みに、流血に、流れに、全てを晒すしかないんだ、助けてよ、もう誰か私を受け止めてよ、私を知ってよ、私はここにいるよ、頑張ってるよ、ねえ、この世界は生きるのには苦しいよう、私を受け入れてくれないよ、ねえ、ねえ、死にたくないよ、もっと、幸せになりたいよ、でも動けないよ、助けてよ、ここは暗いよ、嫉妬もするよ、孤独で憂鬱で、ねえ、ねえ、ねえ……」

 黒髪の宿主の声が、それを通して、流れ落ちてくる。

 わたしは受け止めて、また、滲みていく。

 この<滲み>はあなたであって、私なんだ。

 あなたが悲痛による忘却をしても、わたしが忘れない。

 忘れることが、できない。

 まるで呪い、わたしはあなたが、憎い。

 

妖怪三題噺「黒髪 床下 リスト」

https://twitter.com/3dai_yokai