僕は何かと、身体にメモをする癖があった。
今日だって、いくつかのメモが残されている。
・卵
・期末テスト9から8
・咲良に太宰
帰りに買う食材、期末テストの日付変更、そして彼女との約束ごと。急に太宰が読みたいから持ってこいだなんて言うのだ、なんでも良いという。なので僕のセレクトで『女生徒』を選んだ。学校に着いてから、太宰を読みたい人への女生徒は、少し違ったかもしれないと、後悔をした。
僕は忘れやすいことが悩みだった。すぐメモをしないと忘れる一方で、メモをする癖がついていて、先生が言うにはそれは良いことだと言う。
彼女の咲良も、その癖を気に入ってる様子で、手に自分の名前を書かれるのが、好きだと言う。
家に帰り、僕は手を洗う。手から次々と、水性の文字が落ちていく中で〈咲良に太宰〉という文字だけが残った。
「私に関するメモだけは、そのボールペンを使ってね」
その文字は、咲良が、今年の誕生日にプレゼントにもらったボールペンで書いたものだった。咲良の言う通り、僕は咲良に関するメモだけはそのボールペンで書くようにしてる。どういうわけか、執着の強いインクらしく、石鹸で洗っても簡単には落ちなかった。
腕には〈咲良〉の文字が、数多に残っている。
その日も、腕にはメモが残されていた。〈本屋〉〈咲良の家〉と二つ。
学校を終えた僕は、部活をサボり、本屋に寄ってその日発売の漫画を買い、咲良の家に向かった。
いつものように家に上がり、咲良の部屋がある二階へ上がる。今日も両親は不在なのだろうか、家には人の気配がなかった。
「来たよ」
ドアを開けると、咲良が椅子に座って待っていた。制服を着替えておらず、黒い足を組んでいる。
「……腕、見せて」
言われた通り、僕は書いてある分だけ、腕を見せた。少し不機嫌そうな咲良。
「本屋寄ってたんだ?」
「うん、新刊出てたから」
「遅いよ、手洗ってきて」
だから怒ってるのか。僕は洗面所を借り〈本屋〉の文字を落とした。いつも通り〈咲良〉の文字だけが残る。
部屋に戻る、咲良はさっきと変わらず、椅子に座っている。
「腕、見せて」
また? 僕は言われた通り、腕を見せた。たぶん、この場合の腕は、いままでの〈咲良〉の文字を見せろということだと思う。
咲良はじっくり眺め、どこか、溜まった貯金箱の中身を見る、子供のような顔をしていた。
そして、僕の顔を見て、睨んだ。
「ねえ、約束破ったでしょう」
「約束?」
腕に書いてある約束なら、僕は守ってきたつもりだけど。
「私のこと、水性ペンで書いた」
「えっ、いつ……というかなんで」
「先週水曜日。松田くんからの、告げ口」
そういえば、松田が僕の腕を見て「相変わらずだな」と話した気がする。
「あー……そう、かも」
「なんで約束破るの?」
咲良が、僕のことを力強く蹴り飛ばした。咲良が、見下ろしている。
「せっかくプレゼントしたボールペン、使ってよ」
「ごめん……」
椅子を降りた咲良が、僕の胸に片腕で体重をかける。
少し、怖いと思った。
「今度、約束破ったら、ミイラにしちゃうから」
彼女の殺意の篭った声は、笑顔で告げられる。
そのときになって、僕の身体は、彼女の特別なメモ帳でしかないと、わかったんだ。
妖怪三題噺「ボールペン 告げ口 ミイラ」