kurayami.

暗黒という闇の淵から

漂流する声

 終末の静けさというのは、こういうことを言うのかもしれない。

 早朝に目が覚めた私は、家の前にある海辺へと出かけた。朝の潮風がとても冷たい。季節で言えば夏のはずなのに、少し得だ。
 いつもみたいに、海辺を、私が端から端だと思う場所を歩く。風や潮が波の形を変えて、足元だけ見れば、景色がいつも違う。貝殻や海藻、どこから来たのかわからない流木、海月の死体。
 たまに、そう、今足元にあった何かの看板とか、わけのわからないものが流れてくることがある。こういうのを見るのも、朝の海の楽しさだ。
 そんな雑多な漂流物の中、私は、綺麗な瓶を見つけた。透明で、傷一つなくて、でも水滴のついたそれは、確実にこの海の中を通って来ていた。
 どんなものかと、瓶を開け、中の匂いを嗅ぐも、たぶん無臭。
 ならせめて、この瓶はどんな音を出すのかと、耳を澄ませる。

 ――…………ってる? えっ、もう始まってるの? あーあーこちら二〇四〇年九月! トウキョウからこのメッセージを記録しています。

 陽気な少年の声。それは、メッセージボトルだった。


 ――本当にこれ始まってるの? いやあ、メッセージボトルなんて始めてでさ。最近のはすごいね、昔なんて紙に……えっとペンという細い棒で書いたんだよ。知ってる? ペン。

「ペンぐらい知ってるよ」
 私は少しムッと来て言い返すが、それも無意味に、メッセージボトルは音を出し続ける。

 ――そもそもこれを聞いてくれている人がいるのやら……まあでもね、もしかしたらね、遠い未来に世界は立ち直ってるかもしれないからね。遅れたけど、僕の名前はユウジって言うんだ。そうだなあ、一応ね、いまどうなってるかだけ説明するとだね。どうやらこの世界はもうお終いらしいんだ。もっとねえ、いろいろやりたかったんだけどねえ。というかこれ、本当に記録されてるの? あっ。

 少年の声が途絶え、がさごそした音がして、別の少年が喋り出した。

 ――……うん、大丈夫、ちゃんと記録されてる。俺も喋っていい? お前の説明じゃ足りないだろ、せっかく未来に何か残せるかもしれないのに。今な、世界は戦争の最中にあるんだ。それも、お互いがお互いを止められないみたいな、そんな状況。もう北も西も消えてしまったよ。それで今さっき、ここにも奴らが来た。もうすぐで、終わりだ。だから俺たちは何か残そうって、このメッセージボトルを起動したんだ。ほら、これは前もって決めていたろ? 俺から喋るぞ。やりたかったこと。俺は、もっとみんなと遊んでいたかった、せめてあと一年、高校生活を楽しみたかった。はい、終わり。…………おま、お前え……そんなこと言うなんて聞いてないぞ……なんでそんな良い事言うんだよ……

 また、最初の陽気な少年が喋り出した。涙を堪えるような声だ。

 ――……やりたいこと、やりたいこと……僕は、こいつとほとんど同じなんだけど、やっぱりもう少し一緒にいたかったかな。ううん、もっと先の未来を知りたかった。……もう火の手はすぐそこまで来ていて、僕らは逃げ場がない。ここで死ぬしかないんだ。

 遠くから爆発音がした。少年たちが焦り、音はそこで途絶え、また最初の少年の陽気な声を流し始め、私は蓋を閉める。
「りっちゃん?」
 私を呼ぶ声に振り返ると、幼馴染のてるちゃんがそこにいた。制服に通学鞄、きっとこれから朝練なのだろう。砂浜の向こうの県道には、車が走っている。もうそんな時間なんだ。
「てるちゃん……おはよう。ねえ、ペン持ってる? できれば油性」
「おはよっ。んー持ってるよ」
 私はてるちゃんから受け取ったサインペンで、そのボトルに日付と名前と、メッセージを書いて、私はボトルを海に投げた。

 今度こそ、元の世界の、未来に辿り着くようにと、信じて。

 

 

妖怪三題噺「瓶 ペン 音」

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