その街……馬落市は山と山に囲まれ、ひっそりと、そこにあった。
私立サカス探偵事務所は、今日も依頼もなく、時間を潰している。
「ちょっと志倉さん、今月入って八人目ですよ。放っておいていいんですか!」
特撮ヒーローのお面をつけた青年が、この事務所の探偵が座る机を叩いた。
「あーあーそうだなあ、これ以上は、良くないけど、ねえ」
白い狐面を付けた、志倉と呼ばれた男が答える。
「しかしだ、うちは私立探偵事務所。依頼が来なければ動けない、そうだろ? 助手」
「そう、ですけど……」
助手が言葉を返せなくなる。
この馬落市には、一つの掟がある。
『顔を見られてはいけない、故、市民はマスクの着用をするように』
この街に産まれ、この街に育った者であれば、それを不思議に思わない。それ故に、今回の事件が起きた。
連続仮面強奪事件。
「犯人はマスクを奪うだけ」
黒いマスクをつけた犯人だと言う。実は、殺人犯というわけではない。ただ、マスクを奪っているだけ。
問題はそこからで、仮面を奪われた人間は、いずれも顔を削るように、自殺をしている。
「なぜ住人たちは、自殺をするのでしょう……」
「顔を見られるのが、ショックなのかもしれないな。警官も、何人かやられたらしい」
今までなかった事件だけに、警察もまともに機能をしなくなっていた。
「これはもう、外の世界に頼るしかないんじゃ」
「ああ、無駄だよ。外の人間は、誰もここには来れない」
志倉がお手上げだとても言うように、手を振った。
「なぜです?」
「この街が、地図に載ってないからだよ。顔のない街なんて、誰も覚えてくれやしない」
「じゃ、じゃあ、いくら自殺が続いても」
「ああ、コップの中の嵐でしかない」
そのとき、探偵事務所の扉が開いた。訪ねてきたのは、能面をつけた女だった。
「志倉さん、うちの旦那が……」
どうやら、例の事件のようだった。志倉と助手はコートに袖を通し、事務所の外へと出かけた。
能面の旦那さんは、道路の縁に顔を被せていた。どうやらそこで顔を削ったらしい。
「犯人は見られましたか?」
志倉が能面に聞く。
「ええ見ました! 黒いマスクをつけていました……!」
志倉と助手は目線を合わせた。噂通りの黒いマスク。
「どちらに行かれました?」
「ここから市外の方へ走って行きました……」
能面が、涙声で答えた。
志倉は現場調査、助手は犯人が市外の方へ調査に向かった。聞き込みを繰り返し、黒いマスクが向かったと思われるほうへ、助手は走る。
街中ですれ違うマスク、マスク、マスク。助手は、ずっと疑問だった、なぜ顔を、表情を隠さないといけないのか。犯人は、もしかしたら自分と同じなんじゃないかと、助手は少し思う。自分と同じように、疑問を持っているのかもしれない、と。
街の外れ、神社の鳥居の前。黒いマスク……黒い狗の面をつけた犯人が、そこにいた。背の高さ、ガタイの良さから、男だと助手は気付く。
気づいた犯人が、ゆっくりと、助手に近づき、覚悟を決めたも、犯人へと近づいた。
先に動いたのは犯人だった。助手の右肩を抑え、左手で、
助手の仮面を、奪った。
「もしもし、志倉さん。あの、やりました。捕まえました」
助手が、黒いマスクの犯人を、抑えていた。
数年前、仮面を付けたままこの街に迷い込んだ助手にとって、仮面を取られることは恐怖などではなかったのだ。
助手にとって、それは数年ぶりの素顔だった。
風が頬を撫で、視界いっぱいに空が広がる。
とても、赤い、空。
息苦しくない空気に、助手は解放される。
次の瞬間、助手の目に、信じられないものが目に映る。
見てはいけない、見られては、いけない、もの。それは助手の目の前に現れた。
「……志倉さん絶対に仮面を、外しては……」
助手はそれ以上声を出せなくなった。ただ、ひたすらに、顔面を岩で打ち付ける他、助手は何もできなかった。
妖怪三題噺「地図 コップ マスク」