kurayami.

暗黒という闇の淵から

街灯路

 気がつけば、少女は闇夜の路上にいた。頭上には、街灯が闇に馴染むよう、橙色に灯されている。
 少女はというと、セーラー服の上からエプロンを巻いて、片手におたまを持っている。自分が何者で、自分が何をしているのか、今日が何曜日で、あと何回学校に通えば休日なのか、全て、わからないでいた。
 前も、後ろも、街灯は付いておらず、ただ、暗い暗い道が長く続いてる。少女の足元、街灯が照らす範囲から、足を一歩踏み出そうとしたとき、どこからか声がした。
「君の、名前は?」
 それは、酷く柔らかい、男女との区別もつかない綺麗な声だった。少女は、素直にその声に答えようと、考え、思い出す。
「平瀬、舞奈。あなたは?」
 その質問に答えるように、一つ先の街灯が息をするように、明るくなった。少女……舞奈は、導かれるように、一つ先の街灯に足を踏み入れる。
「どうしてここにいるか、覚えている?」
 また、柔らかい声。舞奈は考え、思い出せず、正直に答える。
「ううん、わからないわ」
 また一つ先の街灯が、明るくなった。同じように、舞奈は足を踏み入れる。なんだかそれがとても懐かしいように舞奈は感じた。昔、小学校の校庭で、遊んだような。
「不安かな?」
 その声に、また舞奈は考える。寒くはないけど、冷んやりとした空気に、永遠に続くような暗闇。そして、正直に答える。
「少しだけ、不安。ここはどこなの?」
 また街灯。声は舞奈に答えてはくれなかった。
「君の好きなお菓子を教えてくれないかな」
 唐突な、親しみのある質問に舞奈はきょとんとした。それにもまた、正直に答える。
「お菓子……えっと、そうね、ショートケーキとチョコレートケーキ、ホワイトチョコ、あ、フォンダンショコラ。そうね、フォンダンショコラが一番大好きだわ」
 一つ先の街灯に、舞奈は渡りながら「変な質問」と呟く。
「嫌いなお菓子は?」
「嫌いなお菓子……嫌いなお菓子なんて、あるかしら」
 舞奈の頭上の街灯が、古く使われたもののように、点滅を繰り返した。
「あっ。煎餅、私、煎餅が食べれないの。あれはダメ」
 その答えに、街灯がクスクスと、小さく笑い、先の街灯が、三つ、明るくなった。
「なんなのよ……」


「苦手な先生は?」
「嫌いなクラスメイトは?」
「子供の頃に隠した悪いことは?」
 柔らかい声による質問は、街灯の下を通るたびに、舞奈に投げられた。それを素直に、正直に、舞奈は答えていく。それらは、少し、後ろめたい質問ばかりだった。
 答えるたびに、少しずつ記憶を取り戻していく舞奈。しかし、相変わらず、この道に辿り着く前のことが思い出せない。
「人を殺したいと思ったことは?」
「あるわよ」
 一つ先の街灯が、また息をする。舞奈は、辺りを見渡した。いつの間にか、何かいる。背の低い、四つん這いの何かが、クチャクチャと音を立てて、たくさん、そこにいる。
 この夢の道に、終わりはあるのかしらと、舞奈は不安になる。はやく、終わりを迎えたかった。
 新しく踏み入れた街灯。その目の前、今までと違う変化が起きた。
 黒い、鉄の扉。
 次の質問で、舞奈は最後だと、悟った。
「君は」
 最後になるであろう声。
「いい子だったかな」
 過去形混じりのその質問に、舞奈は詰まった。この頃には全てを思い出していたからだ、ここにいる理由も、自分が、なにをしたかも。
 舞奈は、声を振り絞り、最後の嘘をついた。
 扉は開かず、静かに、街灯が消える。
 

 

妖怪三題噺「街灯 エプロン 煎餅」

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