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kurayami.

暗黒という闇の淵から

十二年前の罪


「もう、あれから十二年も、経つのね」
「ん……そうだね。この日を忘れたことなんてなかったけど、そっか、もう十二年も経つんだ」


 僕ら佐伯家は、元々六人家族だった。
 陽気でいつも踊ってるような母さん。いつもへの字に口を曲げた父さん。その父さんの方の、優しい爺ちゃんと、婆ちゃん。そして、僕と姉ちゃん。僕らは、町の外れ、長い坂道を上がり切った古い木造の家に住んでいた。町への買い物は大変だったけど、家族のいるこの家が僕は大好きだった。普通の子供なら、家は家族がいるから大好き、だなんて、なかなか気づかないのかもしれない。
 朝は、母さんが姉ちゃんの弁当と、みんなの朝食を鼻歌交じりに作っていて、夕方には姉ちゃんが保育園に迎えに来て、家に帰って爺ちゃんと婆ちゃんに保育園であったことを話す。父が帰って来れば、抱きついて、工場の油と汗の混じった匂いを嗅ぐ、あの匂いが大好きだった。夕飯の時間には、母さんの凝った料理が出てきて、みんなでテーブルを囲って食べる。母さんと姉ちゃんばかり話していて、でもそれが面白くて、可笑しくて、笑っていた。夜は、父さんと母さんと、川の字になって寝ていたんだ。
 僕はあの家が好きだった。


「実はさ。実は、今でも後悔してるんだ。僕のせいだって、思ってる」
「……いいの、竹司はなにも、思い出さなくていいのよ」


 その風習が、他の家にないと知ったのは、僕が六歳になった頃だった。
 僕らの家は、父さんのご先祖様が建てた、古い家だと言う。軋む床、細長い廊下、高い天井。もちろん、何回かリフォームをしてはいるけど、その古風さが抜かれることはなかった。
 そのせいか、不思議な風習があった。
 節分。本来の意味での節分の日というのは、季節が始まる、その前日のことを言うんだけど、佐伯家は毎年、年に四回来る節分の日は、敷地の入口の、その真ん中に門松を置くという風習があった。松、竹、梅で飾られた門松。その風習が守られていなかった日を、僕は見たことがなかった。


「ああ……アァ……」
「しっかりして、自分を忘れないで」


 アスファルトから熱が出てるのがわかる、そんな夏の日のこと。
 八月六日の、その日。休日。僕は町の公園で友達とサッカーをしていたんだ。珍しくみんなは用事があるからって、正午を過ぎた辺りで解散して、僕は一人、サッカーボールを蹴りながら帰ったんだ。坂道を使って、ボールを蹴る遊びが好きだった。
 最後の最後、坂道を上り切るとき、家に向かって思いっきりボールを蹴った。
 ボールは、門松の頭に当たり、揺れて、倒れる。
 そのときの僕はと言えば、怒られてしまうなあ。なんて考えて、誰か見てないかって、キョロキョロ見渡したとき、ソレはもう、そこにいた。
 家から見て、坂道。黒く塗りつぶされた人型が、蜃気楼に混ざるように、登ってきていた。
 それは、ゆっくり、ゆっくりと。
 僕は怖くなって、門松をそのままに、家の中に駆け込んだ。


「アーアーアー」
「ねえ、ねえ」


 居間に父さん。台所では母さんがおにぎりを作っていた。今思えば、僕に作ってくれていたのだろう。
「あら竹司、もう帰ってきたの?」
 母さん、語尾を上げて僕に尋ねた。
「う、うん。ちょっとね」
「そう? 顔色悪いけど、大丈夫?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」
 僕はそう言って、姉ちゃんの部屋に向かった。
「竹司、帰るの早かったね」
 姉ちゃんは、おにぎりの乗った皿を勉強机に乗せ、食べていた。
「みんな用事だって。ねえ、それより姉ちゃん、あのさ……」
 僕が門松のことを伝えようとしたときだった。重くなにか、壁が叩かれる音が居間の方から聞こえた。僕と姉ちゃんが、目を合わせる。
 しばらくして、婆ちゃんがなにか、叫んでいる声が、玄関の方から聞こえる。
 またしばらくして、壁の音。婆ちゃんの声が聞こえなくなった。
「アー……アー……」
 母さんの声で鳴くそれは、細い廊下を、ミシミシと音を立てて、姉ちゃんの部屋に近づく。
 姉ちゃんが、すぐに、部屋の戸を突っ張り棒で塞いだ。扉から離れた姉ちゃんの手が震えている。
 そこにいるという、静寂。
 僕が姉ちゃんに縋ろうとしたとき、ソレは戸を叩き始めた。
「アーアーアー」
 僕と姉ちゃんは驚いて叫び声を上げた。外れかかる戸、それはもうすぐ、入ろうとしている。
 咄嗟に、それぞれが隠れた。僕は押し入れに。姉ちゃんは机の下に。
 僕らが隠れてすぐに、ソレは入ってきた。押し入れの隙間から見たソレは、紛れもなくそれは、母さんだったが、下顎から下は、真っ赤な血に染まっている。
 僕は、声を出さないよう、手で口を押さえ、音を立てないようにと必死に努力をした。鼓動が、鼓動の音だけが鳴り止まない。
 ソレは、真っ先に机へと、姉の元へ歩み始める。ゆらゆらと、動きながら。
 僕は、目を背けることができなかった。かと言ってなにもできず、ただただ、助けると助けないの、その真ん中という選択肢で、それを見続ける他なかった。
 ソレがテーブルに手をかけたときのことだった。ソレは突然叫び声をあげ、ぐらぐらと揺れ始める。甲高いその声に、もはや母さんの面影はない。
 突然、押し入れの隙間の視界から、ソレは左に飛んだ。爺ちゃんが、部屋に入ってくる。しばらく、なにかを切り刻む音。
 僕は、押し入れを、そーっと開けて、覗く。
 そこには、斧を片手に、一人佇む爺ちゃんがいた。
 机の上には、食べかけの、梅干しの入ったおにぎりが、乗っていた。

「姉ちゃん。ねえ」

 ソレは、大昔のご先祖様で名前は、姉ちゃんと同じ陽奈という名前らしい。
 大昔、文字通りの人柱として、使われたご先祖様だと、罪を被った爺ちゃんは教えてくれた。
 節分という、季節の変わり目に、邪気となって遠くから家を訪ね、その家の女に取り憑くという。
 そのための、門松だった。
 僕と姉ちゃんは、その木造の家を離れ、叔父さんの家に預けられた。
 その、十二年後の、八月六日。

「アーアーアー」
 変わり果てた姉ちゃんが、ゆらゆらと揺れ、叔父さん夫婦を、食い散らかしている。僕はというと、もうすでに片足がない。ああ、きっと、あの日もこうやって、父さんも婆ちゃんも、食べられていたんだろう。
 あのとき、ソレは消えたわけじゃなかったんだと、この景色を見て考える。
 あのとき、姉の腹にあった梅が、姉を守っていたんだと。
 十二年に渡る呪いは、今、

 

 

妖怪三題噺「節分 松竹梅 母親」

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