kurayami.

暗黒という闇の淵から

甘党と化け物

 由奈と出会ったのは、緑道を飾る、木の葉が落ち切った十二月のことだった。
 バイト先だったカフェの、別店舗のヘルプに行ったときに知り合った。由奈はまだ入ったばかりで、忙しく教える人がいない中、別店舗の俺が仕事を教えていくうちに、仲良くなったんだ。
「それはすごく、楽しみだね。その時を待ってるよ」
 由奈の吐く言葉は、甘く、優しい。それは、俺が由奈に惹かれ始める要因となるのには充分だった。
 そのうち、日に一通のメールは、長い夜を渡るやりとりに。月に一度のデートは、休日の日常となった。俺たちは、一緒になれたんだ。
 出会って一年が過ぎ、年が明けて、由奈は俺の家から帰らないようになった。家に帰れば由奈がいる。疲れ帰った俺に、猫撫で声で甘えてくる。それが俺にはとても居心地が良くて、救いで、支えだった。
 しかし、その甘さは、毒だったらしい。

「もう終わりにしたいな」
 春が終わる頃、由奈からの言葉。その言葉は抗うには強すぎて、由奈は俺の元を去っていった。
 俺の想いは、桜のように散り、その形が終わっていく。けど、二年経った今でも、その想いは口の中のキャラメルのように、甘く、しつこく残った。

 

 また、桜の季節がやってきた。四月。今の仕事にも慣れ、カフェで書類をこなすようにもなってきた頃のこと。
 ふと、しつこく残った甘さに毒され、俺は由奈と出会ったカフェに足を向けた。テーブルの配置が少し変わったぐらいで、そこには由奈との馴れ初めの思い出があった。囚われているんだなと、自覚する。
 一番奥の席で作業を始めた。行き詰まり、甘いものでも取ろうと席を立った。手がぶつかり、机の上にあった書類が落ちてしまったのだ。拾おうと、屈んだとき、その人も屈んだ。それが、今の彼女との出会いだった。
 シンプルに俺は、その彼女に誘われた。「もし良ければ一緒にお茶をしませんか」って。ただ一緒の席にいるだけでも良いとも言う彼女を、払う理由もなく、俺は彼女と同席をした。
 その彼女もまた、吐く言葉は甘く、優しい。
 しかし俺は、彼女の名前を未だに知らないのだ。

「私のことは、好きな風に呼んでいいよ」
 彼女は猫撫で声で、そう言った。
 なぜか、迷わなかった。きっとその猫撫で声のせいだ。
 過ぎった、いや、残っていた名前を、口に出す。
「由奈」
「なあに」
 彼女は……〈由奈〉は返事をした。

 まるで復元されるかのように〈由奈〉は生活に帰ってきた。〈由奈〉は姿形は違うが、由奈と似通ったとこが多かった。
 一緒にいると、指を絡める癖。玄関の靴を右に寄せる癖。笑うときは頬に手を添える癖。また、その甘い言葉。
 似通ってる、なんてものじゃないかもしれない。まるで同じだった。
 〈由奈〉は生活に帰ってきた。そう、思っていた。
 右利きの〈由奈〉を見るたびに疑問に思う。由奈は左利きだ。その微妙な違いが俺を悩ませる。
 背中に〈由奈〉が甘えてきた。猫撫で声で俺の名前を呼ぶ。
 砂糖とキャラメルが、同じで、別であるかのよう。お前は誰なんだ。また桜の季節に散るんじゃないか。


 この偽物は、誰なんだ。
 

 

 

妖怪三題噺「桜 キャラメル 偽物」

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