kurayami.

暗黒という闇の淵から

坂道の街

 私の住むこの街は、山の麓にあるということもあって、坂道がこの街のシンボルとでも言えるんじゃないかというぐらい、多かった。
 だから、この街の住人は、帰るのに坂を登る人と、帰るのに坂を下る人に分かれる。
 私は前者、帰り道は登る人だ。

 今日最後の授業が終わって、教室で友達とのお喋りを楽しんで、四時ごろ。
 高校の駐輪場に置いた、可愛い黄色の自転車に跨って、家に向かって走らせる。少し肌寒い風が耳を冷やした、半袖の制服には、まだ少し早かったなと後悔をする。
 家に帰る前に、坂の下にあるコンビニへ寄る。
 私が家に帰るために使う坂道は、ここら辺じゃ有名で、化物坂だなんて呼ばれてる。その角度、長さから、誰も登ろうとなんてしない。一度降りれば、その日何度も登らないために、坂の下で買い物を済ましておくべきだ。だから、今このカゴに入れたお菓子は、それだけ貴重なんだ。食べ過ぎは良くない、だとか言ってられない。
 ジュースだって同じで貴重。私は、飲み物の棚を覗く。すると、そこには見知った顔がいた。
「与田じゃん」
「ああ、中野だ」
 与田広樹。二年生の三学期のとき、一瞬だけ私と付き合ってくれた人。付き合うということがわからなくて、結局別れて、前と変わらないように接している。
 私が買い物を済ませ、コンビニを出ると、与田は待っていた。

 化物坂を自転車で登るだなんて猛者は、きっと小学生にもいないだろう。私と与田は、自転車を押しながら坂を登る。与田の家は、私の家の先、もう一つ小さな坂を登った先にあった。長い坂の、途切れてその先の空、夕陽の光が雲を照らしている。
 なんだか、付き合っていた頃のような時間だとぼんやり考えた。夢の再上映みたい。
 私は、今でも与田が好きだ。でもそれは、付き合うとか、そういうのはきっと望んでいなくて、いてくれて、話すだけできっと良いんだと、私は思っている。
 長い登り坂は、二人の時間を許してくれた。
「中野さ、それ」
「ん?」
「半袖出すの、早くないか? 血色悪いぞ」
 与田が私の二の腕を見ながら言った。
「やっぱりそう思う? 今日寒くて嫌になったよ」
「だろうな、夕方になるまだ冷える時期だし」
 車が下から登ってきて、私たちは一列になった。
 前に与田の背中。向こうからの夕陽の光で、シルエットになっている。大きな、背中だと思った。私は、この背中にもう一度抱きつくことができるのかって、心配だけして、それは叶わないことなんだろうなと、諦めて。

…………

 高校を卒業して三年が経った。
 二十二歳の早朝のことだ。私は昨夜見たニュースで眠れなくて、布団の闇の中で朝を待った。
 私はカーディガンに袖を通し、軽くマフラーを巻く。玄関を開ければ、冬の冷たい空気が、部屋の温度と混ざった。
 まだ明け切っていない朝の中へ。霜柱を踏み、家の敷地を出て、数歩。今でもそう呼ばれているのはかはわからないけど、この化物坂の上に立った。
 朝陽が、登ってきている。
 昨夜、ニュースを見た。今、この街では、連続事件が起きている。殺さず、血だけ抜かれるという人が後を絶たない。メディアはこの事件を瀉血事件と呼んでいる。
 犯人として与田が、指名手配にされていた。
 心配だった。私は今でも与田が好きだ。今でも、私にとっての光だ。だけど、今ではこの街の闇になってしまった。
 街が朝陽の光に包まれていく。
 与田は今どの、坂の上にいるのだろう。

 

 

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<坂道 シンボル 光>