kurayami.

暗黒という闇の淵から

半田鏝の過ち

 夏の青空を、まるで、空の高さに合わせるように飛んでいる飛行機の音が、中学最後の教室に響く。この島の飛行場は、帰省時期もあって忙しそうだ。
 夏休みまで残り半月、授業は“締め”の雰囲気を見せていた。
「あーえっと、夏休みが近いからって浮かれるなよ、じゃあ、さようなら」
 この学年で、一番やる気のない帰りの会をする先生の声が、俺ら生徒を立たせた。この、暑い中帰るのは嫌だな。
「清史、清史。今日どうすんの」
 クラスメイトの一人が声をかけてきた。今日どうするってのは、きっとアレのことだ。
「もちろん。この暑い中、直で帰るのもな」
 そう言って、俺はいつものように結弦にメールをした。

 俺が、俺たちが結弦を虐めるようになったのは、中学二年の冬からだった。
 最初は、そう、憂さ晴らしに結弦のリコーダーを捨てたところからだ。音楽の時間になって、慌てるその姿を見て、ハマった。最初のうちは物を隠す程度だったけど、物足りなくなって、クラスメイトの奴らと一緒に、弱味になる写真を撮って、面倒なこと、無理なことを命令してやった。
 結弦は、気弱で、断ることが元々苦手で、臆病なやつだ。中一、中二と同じクラスだったから、俺はよく知ってる。虐める相手にはもってこいだ。
 もってこいだから、虐めてたんだっけ。
 虐めてるうちに、結弦は適応を見せてきた。俺たちがよく呼び出す時間、場所に予め来て、俺たちの気に触らないように接してきた。おかしな奴。
 ああ、技術の授業で作った、ラジオみたいだ。半田ごてで間違えて繋げた回路みたいに、結弦の思考回路は固く、確かに壊れている。
 その適応も、壊れた思考回路も、面白くて可笑しいけど、気に入らなくて、腹の中がもやもやするから、虐める。

 結弦は、今日も島の町の外れ、港跡の淵に来ていた。その姿勢が、やっぱり腹の内をかき回すような気分になって、会ってすぐに腹を蹴っ飛ばした。結弦は、無抵抗だ。クラスメイトの一人も、続いて蹴るが、それは加減をしているように見えた。
「おい、もっと本気でやろうぜ」
「あ、ああ」
 いつもみたいに、いくらか殴り蹴って、数分置く。
 四つん這いになった結弦の鼻から、血がポタポタと、落ちる。
 どこを見てるのかわからない、結弦の目。
「……俺、もう帰るわ」
 そう言って、クラスメイトは帰った。遂に俺一人か。最初は四人もいたのに。
 俺は構わず、気が済むまで殴り、蹴る。
 気が済むまで……? それっていつまでだ?
「鈍いんだよお前」
 俺は、いつの間にか声を出している。
「お前さ、覚えてるか、中一んとき鬼ごっこで足遅くて! よく鬼やらされてたよな」
 そうだ、そういえば、あの頃は一緒に遊んでいた。
「覚えてるか? 俺たち中一のときは、仲良かったんだぜ」
 自分でもなんでそんなこと言ったのかわからない。ただ、それを言った瞬間に、結弦が叫びながら、殴りかかってきた。二人して、港跡の淵から、浅い海に落ちる。
 膝までしかない海の中。結弦は俺の頬を何回も殴ってきた。ずっと我慢してたのか、壊れた回路じゃなかったんだな、まるで沸騰してるみたいだな。なんでお前が泣くんだよ。
 ああ、お前の何しても愛される感じだとか、器用な優しさだとか、そういうのに、嫉妬してたんだなあ、今更か。
 まだ夕焼けになる前の、ギリギリの低い青空の下。俺の腹のもやもやは、波のように静かに引いていった。

 

 

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