kurayami.

暗黒という闇の淵から

呼吸を止めて、桜

 春のそよ風は、何かを、揺れ動かす。
 それは、桜の繊細な枝や、アマリリスの太い茎、昼寝をする野良猫の上下に動く髭、
 そして、女の子のプリーツスカートも。
 美与はもう、駅前の時計の下で待っていた。白いシャツに、紺色のカーディガンとプリーツスカート。小さな踵を上げたり下げたりしている。きっとだいぶ前から待っていたのかもしれない。
 私が近づくと、美与は笑顔で駆け寄ってきた。
「ごめんね、待たせちゃたった?」
「ううん、麻衣さんは悪くないよ、私が勝手に早く着いただけだもん……気にしないで」
 美与が、両手を振って慌てた。
「ふふ、そっか。ねえ、スカート、可愛いね」
「そ、そうかな」
 私の言葉に、美与が恥ずかしそうに俯く。
 美与に告白されたのは、三月の中旬のことだった。ホワイトデーの翌日だから、十五日。「聞いてくれるだけでも嬉しいの」という言葉に、私はなんて返そうか迷って、四月のこの日、お花見を兼ねたデートを提案したのだ。
 駅ビルの中でウィンドウショッピングをして、地下の飲食店街で花見用に食料を買う。猫の形をしたチョコレートを見つけて、美与が指をさしてはしゃいでいる。私たちはそのお店で、小さなペアの猫のチョコレートを買った。
 待ち合わせの駅から、右に二つ移動すると、私の最寄り駅になる。駅から徒歩七分のところには、大きな川が流れていて、そこに桜が咲いている。
 いざ向かってみると、やっぱり、桜見をする場所は埋まっていた。
「んー、いつも平日しか見てないから、まさか休日こんなに混むとは……ごめんよ」
「いやいや、いいよ。桜見れただけでも嬉しいよ。すごく綺麗だし、見れて良かったよ本当」
 美与が慌てて私にフォローする。こういう、優しいところに惹かれたのだろうか。
「でも、せっかく酒とか買ったのにもったいないなあ」
 確かに、どうしよう……と、考える美与。
「ので、ここから少し歩いたところには、私の家があって、実はベランダから桜が見えます」
 私の言葉に、美与が顔を上げる。
「どうかな、来て欲しいんだけど」
 恥ずかしそうに困った美与は小さく「うん」と答えた。


 あの人が桜が好きだと言うから、だから私はこの部屋を選んだ。
 ベッドしかない私の部屋の中、美与はどこに座っていいのか困って、立っている。
「ベッド、座っていいよ。あ、上着預かる」
 なかった唯一の選択肢を与えられ、それを選ぶしかない美与がベッドに軽く腰をかける。美与の上着をハンガーにかけ、私は美与の隣に座った。
 緊張と、覚悟の無言。
「桜、よく見えるね」
 美与がそう言い切る前に、私は美与を押し倒した。
 美与の片手を押さえ、手の甲、鎖骨、首、頬と、順序よく、露出した肌に口づけをする。小さく声を出す美与。
「可愛い」
 美与は、可愛い。
 口を口で塞ぎ、体力を奪う。
 口を離せば、乱れる呼吸、乱れるプリーツスカート。
 私は、両手を頬に添え、滑らせて首に持っていき、
 絞める。
 この子は可愛い、この子は悪くない。
「あっ……」
 苦しそうに声を出す美与。首を絞める癖があったあの人は、きっと、この子にこうしたかったことだろう。それを私がしているのは、なんだか、私があの人みたいだ。うん、私が、あの人なのかもしれない。
 選ばれなかった私。選ばれたこの子。この子に選ばれた私。
 少し止まる、呼吸。

 

 

nina_three_word.

〈呼吸〉〈プリーツスカート〉