読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kurayami.

暗黒という闇の淵から

幸福な患者

 最初は、小鳥を可愛がるぐらいの気持ちで、僕はその子に近づいた。
 小鳥というよりは、ひよこみたいな、可愛くて簡単に潰れちゃいそうで、まさに黄色が似合うような、明るくてひ弱な女の子。彼女とは、小学校の同窓会で出会った。向こうは僕を覚えているというけど、正直〈仁多椎名〉という名前には覚えがなく、そのときが僕にとって、初対面だった。
 椎名は、どの同窓会の中で、場を盛り下げない役を持っていて、誰もが、楽しげに話を振る。久しぶりに地元の同級生に会うと緊張していた僕でも、椎名とは肩の力を抜いて話せたと思う。
 そこで連絡先を交換して以来、頻繁に連絡を取り合った。文面の中の椎名は、明るいというよりは、落ち着いていて、話すときとは違う印象を見せた。その違いに、僕はもっと、椎名に惹かれる。
 椎名は頻繁に、僕の近くに現れた。それは恐らく、偶然的に。何処何処にいる、と言うと、椎名は偶然近くにいたんだ。だから、会う回数は、関係の順序的に考えれば多い方だったと思う。
 だからこそ、関係は加速した。雛は、僕の腹の内に潜り込んできた。
 たった二ヶ月。僕は椎名に魅了された。
 会う回数を重ねるごとに、椎名の明るい声は、次第に、文面のイメージに近い冷たい声となっていった。どうやら〈椎名〉を作っていたらしい。まるで自然界の毒のように、鮮やかさに僕は惹かれて、虜になってしまった。ツヅラフジのように絡まって逃げれない。いや、このときは、逃げようとも思わなかったかな。
 過去の弱さに漬け込むように、椎名は僕に毒という甘味を与え続ける。〈好き〉という誤認識は〈依存〉へ。いつの間にか、僕は椎名の言葉に従い動くようになっていた。椎名の言葉を望むようになっていた。椎名の言葉に、腹の内を泡立て器でかき混ぜるみたいに、ぐちゃぐちゃにして欲しいと、願うようになっていた。
 ふと、その危険な熱に気づいたのは、銀行の残高に悩んでいたときのことだった。決して貢いでいたわけではない、寂しいと言う椎名の側にいたくて、仕事を休んでいた結果だ。
 しかし、気づいた時には遅かった。既に、椎名への想いは勝手に増殖していた、まるで癌だ。僕は、僕は悪くない。僕は……
 こうなってしまったのはいつからか。事の発端は。雛が腹の内に入りツヅラフジのように絡まり泡立て器でかき混ぜた、事の発端は。
 今となっては、その入り込んだ、傷口も、瘡蓋も見当たらないんだ。
 瘡蓋が見当たらないのは、きっと治ったから。
 治ったのなら、悩む必要もない。
 そうだね、椎名、君がそう言うなら、きっと正しいんだ。
 ずっと、このままでいようね。

 

nina_three_word.

〈がん〉〈葛藤〉〈ひよこ〉〈瘡蓋〉〈泡立て器〉