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kurayami.

暗黒という闇の淵から

君と貸借り

 君は未だに返してくれない。
「ああ悪い、今手持ち足りないから、次会ったとき返すよ。ごめんな」
 そう言われたのは、何度目だろうか。別に生れながらにして家が近いし、逃げやしないだろうけど、君はいつも返してくれない。
「いくら借りてるか覚えてるの?」
「えっと、二万円だろ」
「ううん、一万多いよ」
 貸しているのは、金銭だけではなかった。
「あの小説は読んだの?」
「えっと、途中までは読んだはず」
「……あの小説って、わかってる?」
「あれだろ、男二人が脳みそ弄ってタイムスリップしちゃうやつ」
「えっ、なにそれ……ん? 貸したっけ……違うよ、全然違う、そんなの貸してないよ」
 君はすぐに借りたものを忘れる。それは悪い癖だ、私だから許されるものの、他の人なら怒られてしまう。
 しかし、君は私以外から無造作に借りたりはしないね。そっか、そういえば私だけか。
「そういえばさ、明日合コンがあって、あの、ほらお前がいつも付けてるネックレスあるじゃん」
「蝶の? それとも十字架?」
「蝶のやつ。あれ貸して欲しいんだよね」
「ああ、構わないよ」
 貸してしまう私も、私だ。
「チェーンなんだけど、きっと君の首の長さに合わないから、こっちで適当に別のチェーン用意するけど良いかな?」
「うわ、助かる。本当、いつもありがとな」
 この無邪気な笑顔が、狡い。だから貸してしまうのだ。
 そういえば、貸してばかりなのが癪になった私は、何かを借りようとしたんだ。
「ねえ、何か貸してよ」
「何かって何だよ」
「何かって……何かだよ。いつも私が貸してばかりじゃない」
 君は少し、困った顔をした。
「うーん、わかった。帰り俺んちに寄ろう」
「いや、今持ってるやつでいいよ」
「いま、何も持ってないんだよ」
 私は納得した。
 帰り道、家に入った君は数分後、それを持ってきた。
「ネクタイ……?」
 それはドレス用の、黒いネクタイだった。
「わからないけど、それなら女でも使えるだろ?」
「うん、けど。これを借りたら君の分が無くなってしまう」
「これに限っては別に、親父のを借りればいいしさ」
「そう、そっか、ありがとう」
 君から何かを借りたのは、このときが初めてで、少しだけ安心した。
 お互いが何かを貸し借りしている状態というのは、お互いをロープ二本で括り付けることに等しいと、私は思う。物の貸し借りは契約。君に辿り着く言い訳になる。
 私は君に何を貸したか、今は覚えてるよ。一万と三百円。夜の学校を冒険するアリスの小説。ボールペン四本。インディーズのCD。蝶の、ネックレス。他にも……
 だけど、それらは返って来なかった。
 君から借りたネクタイを、こんな風に使うだなんて、思わなかったよ。
 君は、私の心すら奪っていって、返してくれない。
 君は、君は死んでしまったのだから。

 

 

nina_three_word.

〈君〉から始まる物語。