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kurayami.

暗黒という闇の淵から

ソウルシステムバグ

n3w 習作

「にゃあ。にゃあ」
 声のした方を、美沙は振り返った。しかし、そこに声はなく、美沙のベッドが置かれている。
 気のせいか、と美沙は勉強机に向き直す。大学での試験が近く、美沙はノートを見返していた。
「にゃあ」
 また明らかに、猫の鳴き真似をする男の子の声が聞こえ、美沙は振り返った。
「にゃ、にゃ」
 よく見ると、ベッドの枕の脇、
 三毛猫のぬいぐるみがもぞもぞと動いている。
 しばらく、凝視をする美沙。猫のぬいぐるみは、ころっと転がり、ベッドの中央に来た。可愛らしく、顔を上げる。
 幻覚だとか、疲れてるだとか、美沙の中で様々な推測が出たが、一周して、これは現実だということと、一瞬の恐怖は、その愛らしさと夜中の魔力で吹き飛ぶ。
 恐る恐る、手を伸ばし、手の甲で撫でると、ぬいぐるみの心地。
「にゃ、にゃあ」
 しかし、美沙にとって疑問なのは、それが男の子の猫の鳴き真似だということ。
「……名前は?」
 初対面のセオリーに従い、美沙は三毛猫のぬいぐるみに名前を聞く。
「にゃあ! にゃ……いや、えっと、その、すいませんわからないです……」
 ぬいぐるみは、不安そうに、幼い男の子の声で喋った。

「猫って、にゃあって鳴くじゃないですか」
 ぬいぐるみは、申し訳なさそうにそう言った。
「そうすることが自然だと、思って」
「なるほど」
 美沙は話を聞きながら、ぬいぐるみにホットミルクを出した。
「……なんでホットミルクなんですか?」
「いや、正直、どう扱えば良いのかわからなくて。とりあえず、猫として」
「美沙さん、でしたっけ。猫にホットミルクを与えちゃいけないんですよ」
「そうなの?」
「暖かいと胃に膜を張って良くないんだとか。まあ僕は猫じゃないんでいいんですけど」
 ぬいぐるみは、そう言ってホットミルクの器に手を当て、暖を取る。
「猫じゃないのなら、なんなの。ぬいぐるみ?」
「そもそも、ぬいぐるみも、猫も喋らないですよ。気づいたら知識と魂の僕があって、ここにいて。ないのは記憶だけです」
 ぬいぐるみは、寂しそうに俯く。
「うーん」
 美沙が悩むのは、この存在の害悪の可能性などではなく、これからどう暮らしていくか、ということだった。
「あの、もし良ければ名前をくれませんか?」
「そうだね。それで悩んでたのもあったんだけど、シャドウキラーとネコマタ、どっちがいい?」
「ネコマタで」
 美沙と、ネコマタの同居生活が、こうして始まった。

 奇妙な生活は、美沙のメンタルケアをネコマタがすることで、成り立った。
「ネコマタや、ネコマタや、帰ったぞ」
「おかえりなさい、美沙さん。寝る前に着替えてくださいね」
 一人暮らしの中に、生活を正してくれる人が存在しなかった美沙の生活は、だらしがなかった。
「美沙さん、今日は燃えるゴミの日ですよ。今日逃すと二週分のゴミが溜まります」
「なに、それは大変だ」
 そもそも、食を必要としないネコマタに対して、美沙は何の負担もなかった。
「ねえねえネコマタ、なに読んでるの?」
 窓際で本を読むネコマタに、人懐っこそうに美沙が聞く。
「生まれ変わりについて書かれた本ですよ」
 ネコマタは美沙にわかりやすく、噛み砕いて本の説明をした。
「うわ、それ私がまだ読んでないやつだ」
「他の人の考えって面白いですよ」
「ふうん。生まれ変わりね、ネコマタはどう思うの?」
「たぶん、そういうシステムはあると思います。現に僕の存在が証明というか……」
 美沙は、ネコマタの話を真面目に聞く。
「僕は、たぶんなんですけど、このシステムで言うところのバグなんじゃないかなって思うんです。サイクルの輪から偶然漏れてしまったモノが、きっと、僕なんだって」
「うーん、うーん。バグって言い方はあまり、好きじゃないなあ」
 わかる言葉だけを理解した美沙が、首を傾げる。
「どうしてですか?」
「バグって、いかにも悪い言い方じゃんか。こんなに良い子で出来る子なのに、バグってのは、違うと思うよ。きっと。わからないけどさ、ここに来るべきして、来たんじゃないかなあ、ネコマタは」
 自分が考えもしなかったことを言われ、ネコマタは唖然とし、数秒の間の後、少し照れる。
「美沙さんが言うなら、そうなのかもしれないですね」
 しかし、ネコマタが自身の存在を悟ったその日から、変化が訪れた。
「美沙さん、おかありなさい」
 発する言葉が、次第に少なくなっていく。そして、行動もどこか遅くなっていき、何もない壁を向いて、喋るようになった。
「美沙さん、だいじょ  ですか」
 壊れたレコーダーのように、音が途切れていく。
「なな、泣かカカカ   ほっと る う  アアアアアアア」
 悟った日から、一週間経ったその日。ネコマタは、聞き取れない言葉を叫び、悶えるように身体を動かし、そして、日付が変わる寸前、ネコマタは消滅していった。美沙と、生活に欠陥を、残して。

 

nina_three_word.

〈ぬいぐるみ〉〈ホットミルク〉