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kurayami.

暗黒という闇の淵から

偽りの中の真

 目を覚ませば、私の部屋は逆さまだった。天井からぶら下がっていた電球が力なく、元々天井だった床に横たわっている。敷き布団の隙間から抜け出し、本棚を見れば、タイトルが逆さまになって、読めそうになかった。ううん、元々、本のタイトルの真意なんて、私にはわからなかったのかもしれないけれど。
 部屋を出ると、一面真紅色の廊下が長く、続いていた。家族の声はするけど、家族は見当たらない。それもそうだ、私は家族なんてものを、知らないのだから。一緒に住んでても、性行為をしたわけじゃない、したからと言って何かが見えるとも限らない。その程度の相手を、私は見えないんだ。
 私は浅く霧のかかったリビングに行き、蛇口を捻る。真底に冷たく、透明な液体が、グラスを満たした。

 逆さまの部屋の中から、私はお気に入りの青色のパーカーだった、黄色のパーカーを引っ張り出した。使いすぎて、色が変わったんだと思った。パジャマの上からパーカーを羽織って、外に出る。
 そこは、知人無人の街だった。誰も、知ってる人がいない。逆に言えば、きっとこの街には他人しかいない。
 私は知人無人が〈街〉で良かった! と胸をなでおろした。だって範囲が街だから、それならきっと、この街の外には、私を知っている人がいるんだと安心できる。
 でも、どこまで知人無人の街は、続いているんだろう。この色のない空は、どこまで、続いているのだろう。街って、どこからどこまでが、街なんだろうか。
 ふと足元を見れば、マンホールの隙間、誰かが暗く澄んだ目で私を覗いてる。見上げてる癖に、自分は安全圏にいるこの人は、強者か、敗者か。私はその無敵要塞に向かって、唾を吐いた、しね、と感情を込めずに。
 鈴の音が、遠く聞こえる。無彩色の家と家の隙間から。何の意味があるのかと考えたけど、きっとこう考えさせるためなのかなって、納得をする。二本の足で街を歩けば、鈴の音はどんどん増えていくけど、どこかそれが、街の雑踏を表していて、寂しくない。
 けど鈴の音を代わりにして、雑踏を奏でない街の人々は、どこか、虚無だ。
 美しい上半身を無くした彼女たちは、未来を見つける術が無いのか。
 逞しい下半身を失った彼らは、過去へと歩む術を持たないのか。
 上半身も、下半身も存在している私は、この現在の中で迷子にならないのだろうか。
 虚無なのは……私だってそうだ。信じることが中途半端で、目に見えるものすら受け入れていない。光に満ちたトンネル。真っ黒な太陽。足のつかない道路。私は、この目に見える世界を、偽りだと、思えない。
 だってこの世界は、偽りの中の真なのだから。

 

nina_three_word.

〈真偽〉