kurayami.

暗黒という闇の淵から

叶えた先は

 薄汚れた奴隷市場の中「世界で一番私は不幸なんだ」とでも言いたげな顔をした、その女を見たとき、商人の男は恋をした。
 その黒く淀んだ瞳、悲哀に満ちた表情は、なんて、美しいんだろう。絶対に誰にも渡してはいけない、商人はそう心に誓い、その奴隷の女に金を払った。
 奴隷は買われても、家に着いても、その不幸そうな無表情を変えることはなかった。まるでそれだ運命と受け入れるように。
 主人と奴隷という壁を、意識させないために商人は、奴隷を言葉で甘やかす。
「なあ、疲れただろう。今日は休んでもいいぞ」
「たまには、この毛布を貸してやろう。今日だけだぞ」
「ああ、よく出来た。偉い子だ。ほら褒美をやろう」
 商人は、奴隷に商品の余りである水飴を渡す。
「いい子だ」
 水飴を舐める奴隷の頭を男が撫でた。奴隷は、その虚ろな目を、地面に向けている。
「ん……そうだ、名前がいるな。……イクセリス、セリスなんてどうだ?」
 セリスと名付けられた奴隷は、黙って頷く。
 商人は、名前を付けたことで、セリスに対して更に愛情が深まった。
「ほら、髪を流してやろう」
「熱があるじゃないか、今日は寝てなさい」
「いいんだ、お前はそれで。大丈夫だ」
 絶やさず、セリスに甘い言葉を投げる商人。
 そんな日々を過ごすうちに次第に、セリスの目に、光が灯っていく。
「ご主人様、ご主人様」
 セリスは懐くように、商人を呼ぶようになり、それを商人は喜んだ。
「ねえご主人様。今日は良い天気ですね」
「今日も頑張りましたよ、だから、その、ご褒美が欲しいです」
「ご主人様、セリスって名前を付けてくれて、ありがとうございます!」
 その顔は次第に笑窪が出来るようになり、暖かい表情を商人に向けるようになった。
 しかし、そのことに、どこか違和感を得る、商人。
「大好きだよ、ご主人様」
 そのとき、これでいいと思っていた商人の、心情が決壊した。
「違う、違う……」
 商人が愛したのは、冷たく、世界の不幸全てを背負った、悲哀の天使のようなセリスだった。
 そこにいるのは、まるで幸せに満ち溢れた、暖かい少女。
 自身が恋した〈セリス〉を失った商人は、過ちに気付き、セリスを酷く扱うも、既に遅かった。
 〈セリス〉が帰らないと理解した商人は、絶望し、自身の屋敷に火を放つ。

 肥大し、引火した恋の暴走はもう、止まらない。

 縄を首に巻き、宙に下がる商人を、セリスが冷たい目で、見ている。
 全ては、セリスが自由になるための下克上。
 そして、水飴の商人に恋をした、些細な、マインドコントロール

 

nina_three_word.

〈水飴〉〈下剋上〉〈マインドコントロール