kurayami.

暗黒という闇の淵から

ツイソウ

 大雨の中の、新宿歌舞伎町。夜の水商売の待合室で、一つの悲鳴。
 一人の青年が、大柄な男の背中にナイフを突き刺していた。
「ア、 アアッて……めえ」
 男が言い切る前に、青年は刃物を何度も突き刺し、その度に飛び散った血が待合室と、青年にかかる。
 大柄な男は床に倒れ、青年が止めに刺さっていたナイフを足で沈める。まだ生きていた男が身体を痙攣させ、絶命する。
「まずは、一人目」
 青年が、ポケットから取り出したカードを確認する。カードには五つの欄があり、一つ、花の判子が押されている。
 唖然とする水商売の女を横目に見た青年は、待合室を出た。

 残業を命じられたサラリーマンの男が、ネクタイを緩め、一人職場に残り業務をこなしていた
 今の時期を越え次第、昇格の決まっていた男にとって、残業は苦ではない。指示を受ける側から、指示をする方へ昇格をすれば、あの馬鹿な女どもを扱うと、男は心に決めていた。
 もう一息と、デスクから立ったとき、一人の青年がデスクに挟まれた通路に、立っていた。
 頭の上にハテナが浮かぶ男、明らかにスーツではないその青年は、場に相応しくはない。
 青年がゆらりと、近づき、男がその殺意に気づいたときには、もう、遅かった。
 至近距離から撃たれた拳銃の弾丸が、男を貫く。
 間髪入れず、倒れた男に、青年は弾丸を打ち込む。血肉が、夜の職場に散乱する。
「二人目だ」
 カードに、二つ目の花。

 三人目は、青年と同い年ぐらいの男だった。バンドマンを夢見るベーシスト。
 大学からアルバイトへ向かう途中のその男を、青年は走るトラックの前へと押した。男は、ハンバーグのタネのように変わり果てる。
 四人目は、口が達者な高校生の男。
 下校中だったその男を、青年は後ろから殴りつけた。喚く男を、近くにあった用水路に頭を押し付け黙らせる。もがき、暴れる男は次第に大人しくなり、死んでいく。
「あと、一人」

 黄色く空を染める、夕方の公園。
 少年と少女が砂場で、城を作り遊んでいる。
「まだ……子供じゃないか」
 少年の背中を見て、青年が呟いた。それに気づいた少年が振り返り、静かに青年を見つめる。
 青年は、ポケットの中に入っていたカードを指先で触れ、覚悟を決める。
 音もなく、少年の首に手をかける。
 力のない抵抗が長く続き、手が、垂れ下がる。
 五つ目の花。
「これで、全員です」
 青年は、そう言って、カードを少女に渡した。

「有難う。これで全員死んだのね」
 少女が、微笑みながら答えた。
「ええ、貴方の記憶の中で。もう思い出すこともないでしょう」
 時が止まった黄昏の空の下。少女がベンチに座り、脚を組む。
「本当に。ああ、本当だ。思い出せない、なにも」
 嬉しそうに、空を見上げる少女。
「一ついいですか?」
「なあに」
「なぜポイントカードなんですか? いや、わかりやすくて良かったんですけど」
「ああ、それはね」
 青年の疑問に少女は答える。
「私だって鬼じゃないの。せめて、私の中で死んだ人数ぐらいは、覚えておきたいじゃない」
 少女は、女子高生へと、女子大生へと、オフィスレディへと遊ぶように姿を変え、水商売の女へと姿を戻した。
「さいですか。なら、貯めただけの景品が必要じゃないですか?」
 青年の言葉を聞いて、女が笑う。
「ええ、そうね。じゃあ、君のことを一生忘れないであげるよ」

 

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