あれは、悲惨な事件でした。
その年の冬。一番の寒さを超えた日のこと。
公園でのデートの途中、恋人の沙織の「喉が乾いたなあ」という一言を聞いた私が、自動販売機を探しに出た時のことです。
公園の裏にあった、ビル隙間に存在していた裏路地に、私は吸い込まれるように入りました。
その裏路地はとても長く、奥に細長い出口の光が見えていて、その光を見ているうちに、私はデートの最中だというのに、沙織を突き放すことばかりを考えてしまいました。
いいえ、私は元々考えていたのです。沙織を突き放そうと、サヨナラを言おうとしていたことを。
風船に空気を入れるように、徐々に膨張する想い。私はいい加減、限界だったのかもしれません。
想いは、裏路地のなかで、加速をしていきます。
沙織は、とても我儘な子でした。
休日は、必ず会わないと怒るのは当たり前で、たまに、仕事を休めと言って 休まないときには仕事先に来ていました。
とても、寂しがり屋でした。
連絡は必ず返さないといけませんでした。出先で携帯の充電が切れたとき、家に帰り再起動させた携帯には、何十件という着信がありました。
心配性で、独占欲が強くて、お節介。
路地裏を抜けた先には、都合よく自動販売機が二つ並んでいて、私は少し悩んで、私が飲むブラックと、沙織が飲む缶コーヒーを買いました。二つとも暖かいものを。
沙織は、コーヒーが飲めません。私のちょっとした抵抗です。
コートの両ポケットに缶コーヒーを入れて、私は元来た道を戻ります。
その道は、来た時に比べ、とても暗い印象に見えました。その暗さに引きずり出されるように、私は沙織への嫌悪の想いは増殖していきます。
私の髪を触る癖だとか、嘘をすぐつく癖だとか、セックスの相性だとか。
ああきっと、もう私のなかの風船は破裂していたんだ、そのときは、そう思って、近いうちに言うことを決めました。
なんなら、この路地裏を抜けたら、キライだと言ってしまおう、そう考えて、暗闇を抜けると。
何か、騒がしかったのです。ざわめきが、していました。
不自然に車が止まっていました。
まるで事故が起きたように。
ああ、危ないな、沙織は事故現場を見てないといいな、なんて思い、横断歩道を渡るとき、沙織のピンク色のスカートが鮮血の水溜りの中に、見えてしまったのです。
ああ、なんということでしょう。その不自然に曲がったソレは、沙織でした。
一つ一つ、私の中で思考が整理されていきます。
キライだってもう、伝えられないこと。
次に、破裂したと思っていてた風船は、本当は膨らんですらいなかった、ということ。
こんな自分だから甘えてしまう沙織を、突き放そうと思っていたこと。
沙織と、もう、話せない、こと。
それらに気付いてしまったことが、悲惨な私の事件でした。
それは、ポケットの中の缶コーヒーが、冷えた頃のこと。
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〈風船〉〈缶コーヒー〉〈悲惨〉