kurayami.

暗黒という闇の淵から

プラティヴィーナス

  高校の授業から解放されて、放課後。私は職員室にいる先生に課題を提出と、少しの立ち話を済ませて、徒歩五分の最寄り駅まで歩く。昼間に比べてとても寒くなった。私は、カバンから取り出したクリーム色のマフラーを丁寧に首に巻いた。
 空にはもう冬の青の面影はなく、遠くから赤と黄のグラデーションが伸びている。誰に見せるわけでもなく、見返すわけでもないのに、携帯で何枚か、その空を写真に収めた。
 私は朝方よりも、夕方の方が好き。それは始まりよりも、終わりが好き、ということにも通じる。
 そのことを自覚したのは……
「奈恵さんだ」
 声のした方を見ると、駅のホームにりっちゃんがいた。
「りっちゃん。もう帰ったと思ってたよ」
「図書室で本選んでたんだ。奈恵さんこそ遅くない?」
「あの、総合で出た、変な課題提出してきたの」
「あー」
 りっちゃんは、高校に入学してからの友達だ。
 家からの最寄り駅が、一緒だから。それだけの理由で私たちは、偶然の登下校を共にして、話す回数も多かった。
 私より頭ひとつ分大きくて、足が長くて、優しくて頭が良いりっちゃんは、私の憧れで、いつも話していて楽しいんだ。
 朝方と夕方、どっちが好きかだなんて話は、きっとりっちゃんとしかできない。
「今日も夕焼けが綺麗だね」
 電車から外を見たりっちゃんが、私にそう呟いてくれた。
「本当だ。でも、もう沈んじゃうなあ」
「沈むから、綺麗なんじゃない?」
「終わりがあるから、綺麗?」
「そう。人は死ぬから美しい、みたいな」
 りっちゃんの言葉に、少しどきりとする。同い年が言ってると、思えない。
「ちょっと怖いね、でもそうかも。完結するからこそ意味がある、みたいな」
「そういうこと」
 そういって、りっちゃんが私に微笑みをくれる。それを勝手に「よく出来ました」に変換して、喜んで、私は変態だ。
 でも。こういう、ふわふわした会話。芸能人がどうとか、メイクがどうだとか、そういうのじゃなくて、抽象的な……それがとても、私には心地良いんだ。
 電車を降りて、最寄り駅を出る。りっちゃんとは駅を出て、川を渡ったとこにある公園の前でお別れで、でもなんだかんだいつも、そのベンチに座って長話をすることが多い。
 毎日そういうわけじゃないから、そうなると、私はとても嬉しくなる。
「日が沈んだ後の、この暗い青色の空も、好きだなあ」
 ベンチに座ったりっちゃんが、そう言った。
「桔梗色だね」
「キキョウ色?」
 私の言葉に、りっちゃんが聞き返す。
「花の桔梗だよ」
「ああ、なるほど。そんな色があるんだ、知らなかったな」
 りっちゃんでも知らない言葉が、私の口から出たと思うと、恥ずかしくなった。
「良いね、桔梗色。響きも良い」
 桔梗色、桔梗色と、りっちゃんが繰り返し、呟く。征服にも近い喜びと、恥じらいがじわりと私の心に滲む。
 一番星が空の主役になる頃。私たちは公園でさよならをした。また明日って。

 人の死からの美しさ、桔梗色。些細なことだけど、また自覚と思い出が増えた。
 りっちゃんは私にとっての、一番星だ。
 いつ探しても、一番最初に見つけてみせる。

 

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〈 一番星 〉