kurayami.

暗黒という闇の淵から

後見役人魚の行く先


 彼女は、どこにでも、どこへでも泳いでいくことができます。
 その姿は淡い白色のショートボブの髪に、血色の良い肌、そしてその下半身は魚の尾で、まるでお伽話の人魚姫のよう。
 どこにでも、泳いでいける彼女にとって、空は海のようでした。
 でも、彼女は一度も、海に辿り着いたことがありません。
 街角の電気屋、そこに置いてあったテレビで見た人魚は、海を気持ち良く泳いでいました。
 海は彼女にとって憧れ。

 そして今日も、彼女は空を泳いで海を探して彷徨います。

 人々から姿を目視されない彼女は、困っている人たちをよく助けていました。
 例えば、外出する間際、携帯が見つからない学生と一緒に携帯を探したり。
 火を点けっぱなしで寝てしまった、おじさんの代わりに火を消してあげたり。
 よろけてるお婆ちゃんの重い荷物を、少し軽くしてあげたり。
 決して、それ以上のことはしようとしませんでした。あくまでこの世界の後見役黒子程度として、それが自身の役割だと信じて。
 彼女は、自身がこの世界の主役ではないとわかっていました。

 ある日のこと、彼女が世界を彷徨っていると、あるアパートの一室の中、困っている人を見つけました。
 その青年は椅子に立ち、天井から吊るした縄に首をかけようか、思い留まっています。彼女はそんな青年のために、首に縄をかけてあげました。
 青年は、取り憑かれたように目が死に、椅子から飛び降ります。
 青年はもがき、撒き散らし、動かなくなりました。彼女は自害することに何の意味があるのかと首を傾げ、でもまた何か手伝えることができたと、喜びました。
 ふと。嗅いだことのない匂いが、彼女の小さな鼻に入りました。その正体を知ろうと、彼女は匂いを辿ります。
 辿り着いたのは、ある高校の階段の踊り場。男子生徒が、女子生徒に跨って首を絞めています。しかし、その絞める力は強くありません。
 殺したいんだ、と理解した彼女は、一緒に首を絞めてあげました。男子生徒は言い訳を口に出しながら、彼女と一緒に女子生徒を殺します、ゆっくり、ゆっくり。
 女子生徒は面白い顔をして、動かなくなりました。男子生徒もまた、少し面白い顔をしていて、彼女はクスクスと笑いました。
 匂いがまた強くなりました。彼女はその匂いを辿り、優雅に泳ぎます。
 今度は、希死願望を呟く男の家に辿り着きました。彼女は自身に何が出来るかと悩んで、その男の家に火を付けました。
 燃え盛る中、男は叫びながら助けを求めます。彼女は少し悩みましたが、数分前の希死願望の呟きを尊重しました。
 全てが焼け朽ちたのを見届け、また匂いが強くなりました。それは、もう、すぐそこのように。
 辿り着いたのは、大きな大きな青。それは彼女が夢にまで見た海。
 きっと、人助けをしたご褒美なんだと、彼女は大喜びしました。
 ふと、崖の上から海を覗く少女に彼女は、気付きます。ああきっと海に入りたいけど勇気がないんだ、そう思った彼女は、少女を後ろから落としました。
 落ちていく少女。それを追うように彼女も海に入り、深い深い暗闇の中へと、沈んでいきます。

 後見役を終えた彼女は、海の中で綺麗な泡になりました。

 

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〈 人魚 〉〈 黒子 〉