kurayami.

暗黒という闇の淵から

イートユー

 廃ビルの中。私は綺麗なミント色のガムを、口の中に入れた。それが始まりの合図。
 ターゲットの男は、私の姿を見て一目散に逃げ出していた。それが常人の反応なんだろうけど、少しだけ傷つく。
 くちゃくちゃと、音を立てて静かに歩く。ターゲットは遠くに逃げれないはず、まだ近くにいる。
 この咀嚼音だって、耳を澄ませば聞こえるはずだ。威嚇と恐怖の足音と同じ。音が近づけば、追い込まれるだろう。
 口の中で、時間と共にガムの味がなくなっていく。
 ふと、私の憎らしい太く長い尻尾が、壁に当たり音を立てた。相手の気配が、息を殺したのを肌で感じる。
 無味になったガムと共に、そろそろ潮時。私は口の中のガムを歯に挟んで、口の外に膨らませた。
 ふうせんガムというものが、人間だった頃は出来なかった。それが人間もどきになった今になって出来るだなんて、人間らしいとは何だろうか。

 この変な病気で、骨と肉が徐々に人間離れをした。七年前のこと。
 治すために無法地帯にも近いこの国で、人を狩り始めた。五年前のこと。
 人を狩ることで、別の何かとして確立して、安心するようになったのは。
 ……いつからだろう。

 風船ガムが膨らみ続け、そして、弾ける。
 さあ、本気で探そう。人間に戻って、この煙たい国から出るんだ。
 私は自身の憎らしい尻尾で、壁を壊し、咆哮する。ターゲットが怯えたのを感じた、斜め後ろ。
 私は壊れた戸棚を倒した、中から叫び声。
 もう逃げれないことが確定し、私は微かに人間らしさが残る右手の指で、戸棚を静かに開ける。中で、男が怯え、小さく収まっていた。ああ、こういうときなんて言うんだっけ……見ぃつけた。ただ、それを口に出せば、私のしゃがれた声が女心を殺す、自身の声で傷つくんだ、滑稽だ。
 私が人を狩ることで、人間に戻る方法は二つ。
 一つは、金を奪い貯め、医者を探すこと。
 もう一つは、人間が人間に戻るための、血肉を得ること。
 豚肉を好む人間が豚になることはない、それはわかる。けど遠い昔、人間だった頃、好きな人の傷口を舐めて、その人に近づけた気がしたんだ。
 人間だった頃の記憶が、私を人間から外し、人間に戻る可能性を指し示す。
 だから……いただきます。知らない男の人。
 逃げようとする男を、私の尻尾で巻いた。怯える男の腹を、人間離れをしてしまった、左手の長く鋭い爪で、一思いに刺す。男は水に溺れるような声を出して、その声が途絶えないうちに、新鮮な肉を食らう。
 少しでもその男を愛そうと、人間らしい右手で男を愛でる。この食事は、愛情表現だ。逃さないようにキスをするのと、大差はない。
 私の中で、生き続ければ良い。
 ごちそうさまでした。愛しい人。

 

nina_three_word.

〈 ふうせんガム 〉〈 尻尾 〉〈 煙たい 〉