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kurayami.

暗黒という闇の淵から

蛆虫と背徳心

「やっぱり、駄目だよ。僕には……できない」
 少年が、ナイフを片手に躊躇った。
 廃工場のような、廃れた建物の中、深夜。細身の少年と、猫背の男、そして二人の前には虫の息となった少女が、横たわっていた。
「おい。思い出せよ、こいつが今まで、お前にしてきたことを」
 男が、片目で少年を睨んだ。
「そうだけどさ……だけど……」
「俺が言うんだからよ、間違いない。こいつは殺すべきだ」
 殺せ、殺せと、呟く男。
「この子は、僕に優しくしてくれた」
「だからお前は恋をした」
 待ちくたびれた男が、転がっていたドラム缶に腰をかけた。
「僕が困っているときは、手を差し伸べてくれた」
「お前はその手を取った」
 少年は、少女の横に膝をつく。
「毎日のように、話しかけてくれた」
「その言葉をお前は覚えた」
 破れた天井の隙間には、中途半端な月が浮かんでいる。
「大好きで、大好きで……」
 少年は、手の中のナイフを握り直した。
「だからこそ、お前は憎いだろう。毎日毎日お前を悩ませ狂わせた。そして俺 が生まれた」
「あんたが……僕の背徳……」
 少年が、隈のできた目で、男を見た。少年にとっての背徳心が、にやにやと笑っている。
「……憎いよ、愛おしいほど」
「なら、殺せ、殺せ」
 男がまた繰り返し、呟く。
「蛆虫のような存在じゃないか」
「……蛆虫だなんて、蛆虫に失礼だよ」
 少年が再び前を向く。前髪がはらりと顔にかかった。
「こいつは生きてるだけで世界の害だ」
「うん、この子がいるだけで、世界は最低最悪だね」
 男が立ち上がる。
「このまま生かしておいて良いのか」
「良いはずがない。この不潔な魂の存在を、僕は否定する」
 少年が、両手でナイフを握り直す。その手は硬く、震えがない。そして振り上げ、少女の腹へと降ろした。
 水風船を刺すような、張った感触を一瞬。そして、ナイフは少女の内部へと入っていく。虫の息だった少女が、枯れた声を出す。少年は手応えを感じ、ナイフを刺したまま、震える。
「好きだ、ああ、好きだなあ。好きだよ、とっても」
 少女は、少年の声に答えない。それを確認した少年が、何度もナイフを振り下ろす。何度も何度も。
 少年が気付いたときには、少女の魂はもう、そこにはない。あとはただ、蛆の餌となる肉塊がそこにあった。
「名残惜しいか?」
 哀しそうな目をして、男が訪ねる。
「あんたがそれを聞くんだね」
 少年が、ハンカチで少女の返り血を拭った。絶命した少女を、少年は見向きもしない
「名残惜しいから、殺したんだよ」
 背徳に満ちた表情で少年はそう答え、霧が晴れるように男が消えた。


nina_three_word.
〈 名残り 〉

〈 背徳 〉

〈 蛆 〉