kurayami.

暗黒という闇の淵から

クーヘンの死神

「お前さん、世間じゃ〈魔物〉だなんて呼ばれてるぞ」
 陽当たりの良いテラス。そこに並んだ椅子に座った老人が、部屋の中にいる青年向かって呟いた。 
「魔物? ああ、お爺さん。バウムクーヘンは好きですか」
「貰う」
 青年は片手のトレンチに人数分の紅茶と、大きめのバウムクーヘンを乗せテラスに出る。
「魔物だなんてファンシーですね、いやファンタジー……ロールプレイングみたいな」
 テラスの端にあったテーブルを老人の前まで引っ張り出し、紅茶とバウムクーヘンを青年が並べた。
「三年経っても捕まらない。突然現れ老人を非情にも殺す、害を為すその様子はまるで化け物」
 まるで覚えていた新聞の記事を読み上げるように、老人が言った。
「もっとかっこいい名前が良かったです。切り裂きジャックみたいな」
「そういうのは、自分じゃ選べんからなあ」
 青年が立ったまま、紅茶に口に付ける。老人は、紅茶にもバウムクーヘンにも手を付けなかった。
「なぜ、老いた者ばかりを狙う」
 老人の質問。それに青年はすぐに答えず、銀色のナイフを手にする。
「そう……ですねえ。なんて言えばお爺さんは、納得してくれますかね」
 青年が慣れた手付きで、何層にも重なった樹の年齢のようなバウムクーヘンを切っていく。
「何秒も、何時間も。何年も重ねたその身体を、あっさりと終わらすのは芸術だと思うんですよね」
 青年の優しい声を、老人は黙って聞いている。
「まあ、これと同じです。こんな何層もあるのにさくっとしちゃう」
 切り分けられたバウムクーヘンを皿に分け、老人の前に置いた。
「完成した積み木を壊す子供と同じだな」
「やだなあ、自分で作ったのは壊しませんよ。人のだから良いんです」
 青年が笑い、その言葉に老人も笑った。
「まあしかし、老人を狙うからと言って、お前さんを魔物と呼ぶのは可笑しい話だ」
 老人の言葉に、青年が首を傾げる。
「そんなもの、長い年月に縛られて前が見えていない奴らの戯言だ。老人にとってその時その時の生など、仮初めでしかない。いつ来てもおかしくない死を、受け入れられないから魔物だどうのと恐怖する」
「なるほど。なら、僕は死神ですか」
「ああ、そっちの方がしっくりくるな。なにも生きたい老人ばかりじゃない」
 老人がそう言って、微笑む。
「お爺さん、バウムクーヘン食べないんですか?」
「そうだな、そろそろ食べようとしよう。最後のデザートだ」
「そうですよ、最後のデザートです。しっかり味わってくださいね」


nina_three_word.

〈 魔物 〉

バウムクーヘン

〈 かりそめ 〉