kurayami.

暗黒という闇の淵から

夜間逃避行列車

 揺れる車窓の外側、流れる暗闇に私は目を向けた。心許ない街頭が、田んぼの真ん中に立っているのが見えた。
 私が乗ってるこの一両列車は、居た街と〈向こうの街〉を、山の隙間を三時間ほど走って繋ぐ。向こうに行く、孤独で唯一の、交通手段だ。道中幾つか駅を通るけど、乗る人なんて滅多にいない。よっぽどの理由がなければ、向こうの街になんて行かないから。
 一両列車には私と、若い男の子が二人、乗っていた。
「なあ、なあ。温泉あるかな」
 見た目の歳の割に、長い髪が印象的な男の子が、眼鏡をかけた男の子に尋ねた。
「知らんし。あったら入るのかよ」
 眼鏡の子が、ぶっきらぼうに答えた。眼鏡を掛けてるせいか、しっかりしてそうな印象がある男の子だった。
「いや、あれば……盛り上がるだろ」
「気持ちの問題か」
 二人のやり取りは、そこで終わった。
 電車の走る音、私たちが小刻みに揺れている。
「……喉、乾いたな」
 眼鏡の子が呟いた。しっかりしてそうな見た目に反していてだったから、いや、旅の道連れが欲しかったのかもしれない。
「ねえ、缶コーヒーあるけど飲む?」
 私は、男の子たちに缶コーヒーを差し出していた。
 二人が硬直し、警戒したのがわかった。やってしまったと、恥ずかしくなる。しかし、長髪の子がすぐに顔を輝かせた。
「まじっすか、ありがとうございます!」
 長髪の子の反応を見るなり、眼鏡の子が息を吐く。
「……ありがとうございます」
 やっぱり、しっかりしていた。
「遠いですねえ、次の街」
 長髪の子が、私に話しかけた。
「だね。あと二時間はかかるんじゃないかな?」
「あと二時間も、うわ」
 長髪の子が、受け取った缶コーヒーを開け、窓の外を見る。
「ねえ、君たちはどうして向こうの街へ行くの?」
 この電車で乗り合わせたときから、気になっていたことだった。その若さで、この時間に、なぜ向こうの街へと行くのか、ずっと疑問だったから。
「あー、うーん、こいつの失恋傷心旅行ってとこですよ」
 長髪の子が、眼鏡の子の肩に手を回してそう言った。眼鏡の子、失恋しちゃったのか。
「お姉さんは、どうして向こうの街へ?」
 眼鏡の子が私に質問をする。聞けば同じことを聞かれるのは、わかっていたはずなのに、なんて返そうか、悩んだ。
「んー……私のせいで、人が死んじゃって……その事実から逃げたくて、かな」
 言って、自身の気持ちをただ要約しただけ、ということに気付く。とても不気味なことを言ったのを、自覚した。
 また、この子たちを警戒させてしまう。
「ああ、じゃあ、ほとんど僕たちと同じですね」
「えっ」
 俯く長髪の子の横で、眼鏡の子が微笑みながらそう言った。

 電車が駅に止まった。罪ある者を一人乗せ、再び線路を進む。


nina_three_word.

〈 一両列車 〉