kurayami.

暗黒という闇の淵から

スプリング

 杉林の中。真新しい雪の絨毯に、男の足が深く沈んだ。
 硬く、踏むと厚い音が出るような雪だった。男は慎重に、杉に沿って歩く。
 男が追っていたのは、二人分の足跡。足の大きさから、女の足跡だということが、男にはわかっていた。
 男は警戒しながら進む。一年前、雪が溶けたその杉林で、切断された女の遺体が発見されていた。犯人は、未だに捕まっていない。
 足跡は並んで、くねくねと杉林の奥へと進んでいた。男は遺体を埋める場所を探しているんだ、と考えた。決して足跡の主に見つからないように、男は慎重に進む。また足が、深く沈む。
 ふと、男の耳に声が入った。談笑するような、明るい声だった。男は硬直し、快楽殺人という言葉が頭に浮かぶ。杉の影に隠れながら、近づいた。
「ねえねえ、ここらへんでいいんじゃない?」
「そうだね。あまり奥に行くと帰れなくなるものね」
 声と足跡の主は、セーラー服に身を包んだ、二人の女子高生だった。
 男がしばらく様子を見ていると、二人はその場に雪を盛り始めた。どうやら、雪遊びをしに来た麓の女子高生だということが男にわかり、安堵する。
 雪に触る女子高生たちが笑顔で、スカートを揺らしている。
 男は手の中にあった猟銃を握り直し、銃口を一人の女子高生に向け、腹に撃ち込んだ。
 鈍い声を出し、女子高生が倒れる。白い雪に、血が染みていく。
 銃声の後に静寂。次の瞬間に、もう一人の女子高生が動揺の声を漏らす。
「え、なんで」
 悲鳴のタイミングを逃し、その場に女子高生が、座り込んだ。男は、冷静に近づき、まだ息絶えてない女子高生の腹を、足で軽く踏み、反応を見る。
 その間に、もう一人の女子高生が逃げ出した。男は、わざと、逃す隙を与えた。雪の中を走ることに慣れていない女子高生にとって、逃げることはまるで、水の中を進むような感覚だった。
 男は踏みつけていた女子高生の頭に、また一発撃ち込んだ。そして確実に一歩ずつ、雪に慣れた男が逃げた女子高生を追う。
 走り疲れた女子高生は、三本の杉が三角形のように密集した影の中に、隠れた。遠くで銃声が聞こえ、女子高生は怯える。
 息が整い、女子高生はじっと、時が経つのを待つ。銃声は聞こえなくなり、このまま消えてと、女子高生は願う。
 しかし、ふと、女子高生はあることを思い出した。その事実が、冷静が、少しずつ、確実な恐怖へと変えていく。
 小さな足跡と、深い足跡、二人分が、三本杉へと向かっていた。


 雪が溶け、杉林は春容に包まれた。
 暖かい陽の色。心地の良い風。ホトトギスの声。
 二人分のセーラー服と、遺体。

 

 

nina_three_word.

〈 足跡 〉

銃口

〈 春容 〉