賑やかな音、暗闇の中でぼんやりと光る赤、黄、緑、白の明かり。
さっきまで、お母さんに手を引かれて帰っていたのに、いつの間にか森の中。お母さんはどこ。でも、こんなことで私は泣かない。だから、えらい。
迷子になったときは、おまわりさんか、怪しくない感じの人に聞こうねって、お母さん言ってた。あそこにいる人たちに聞けば、わかるかしら。
近付くにつれて、ぽんぽんと、太鼓みたいな音。笑い声、呼ぶ声。ああ、これ、お祭りなんだ。
屋台と屋台に挟まれた通りが、長く長く、続いていた。私の家の近所に、こんなところがあっただなんて、初めて知った。これだけ目立っているなら、お母さんはあそこにいるのかもしれない。いたら、いいなあ。
浴衣姿の人がいっぱいいる。お爺ちゃん、お婆ちゃん。腕を組むお兄さん、お姉さん。黒猫を抱いた女の子。親に手を引かれた子供。
急に不安になる。私を、私の手を引く手はどこ。
誰に聞けば良いの。声をかけようにも、なんだかまるで私がいないように、みんな通り過ぎていく。空気が人に、声をかけられないみたいに。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
屋台のおじさんが私に声をかけた。看板には、には〈トジ屋〉と書かれている。
「おじさん」
「泣きそうな顔して、どうしたんだい。ああ、当ててやる」
おじさんはうーん、と私を見ながら考える。
「わかった。迷子だろう」
「すごい、どうしてわかったの」
「トジ屋だからねえ」
なんだろう、それ。おじさんの前には、よくわからないものが並んでいる。本当に何屋なんだろう。中には蟹の甲羅みたいなのもある。
「ねえ、これはなあに」
私は気になったそれを、指さした。
「それは蟹の甲羅だよ」
「ええ、なんでそんなの売ってるの」
「いらないからねえ」
確かにいらないけど、こんなのだれも買わないよ。
「じゃあ、これは?」
折られたメモ用紙みたいなのを、私は指さす。
「友達の友達、そのまた友達の連絡先が書かれた紙切れ」
「え、だれの」
「その紙切れを開いた奴の、友達の友達、そのまた友達だね」
すごいけど、そんなのを欲しがる人なんているの。他人じゃない。
「ねえ、だれが買うの?」
「だれだろうねえ」
変なお店。
「あ、ねえねえ。私、お母さん探してるの」
「迷子だからね。お母さんかい、お母さんでいいのかい」
「お父さんはこわいんだもの」
すぐに、たたく。お母さん、いつも泣いてた。
「そうかい、それならいいのがあるよ」
そう言っておじさんが差し出したのは、何も写っていない、写真。
「なあに、これ」
「君のお母さんがいる場所の、目印が出るんだ。持っていくといい。お金はいらないよ」
「いいの?」
「ああ、それもいらないからねえ」
おじさんは、にこにこして答えた。
「ほんと、ありがとうおじさん」
私はそう言って、その屋台を後にした。
お祭りの中を歩きながら、その写真を見続けた。うっすら、何かが見えてくる。今頃、どこにいるんだろう。
写真の中には、私の苗字が書かれた、細長い石みたいなのが写ってる。
いまいくね。
nina_three_word.
〈 屋台 〉
〈 徒爾 〉
〈 目印 〉