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kurayami.

暗黒という闇の淵から

一夏の儀式

 カラカラの夏休みのど真ん中、八月上旬。午後二時過ぎ。
 連休に慣れ始めて暇が一周した僕は、意味もなく家を出た。炎天下に熱された黒いコンクリートが、高温の悲鳴を上げている。早速家を出るんじゃ無かったと、酷く後悔をした。クラスメイトは、今頃なにをして過ごしているのだろう。家族は旅行の話すらしてくれない。非常に退屈で罪悪を感じる。友達のいそうな公園、コンビニに、意味もなく立ち寄ったが、誰にも会わない。もちろん、そんな日はあるし、誰かに会うことを期待していたわけではなかった。
 夏休み中ずっと家にいたわけではないと、そう言えるようにするための外出。
 あまりの暑さに、自販機で紫色の炭酸飲料のボタンを押した。取り出そうと屈み、手を伸ばすとわずかに冷気を感じた。一瞬の至福。でもそれ以上に、乾いた喉が炭酸を欲している。僕はすぐに取り出して、キャップを外した。勢いのある、空気が抜ける音。潤すために僕は喉に通す。
 炭酸が少しだけ痛い。けどそれ以上に、乾きを潤すことによる相乗効果で、何よりも美味しかった。
 余裕が出来て冴えた頭が、今まで気にもしなかった獣道を見つけた。自販機の脇、緑のトンネルになった獣道の坂道。僅かに残っていた夏の童心が、僕を動かした。
 獣道というのは、何処に繋がるのかという好奇心を楽しむものだと思う。緑のトンネルの恩恵もあって、有難いことに獣道は涼しかった。道は硬く踏みしめられ、歩きやすい。誰か頻繁に歩いているのか。
 小さな鳥居を潜り抜けた先は、神社だった。割と立派な、僕の部屋ぐらいの大きさの神社。こんなとこに神社があっただなんて、初めて知ったけど、どうやらこの神社への道はあの獣道しかないらしい。不思議だ。
 微かに神社が揺れた気がした。風に揺らされるなんて、相当だと思ったが、違うらしい。よく耳を澄ますと、中から声が聞こえた。
 僕は炭酸飲料を一口飲み、ゆっくりと神社へと近付く。耳を当てると、女の人の声だった。かん高い声。
 神社に添えていた指先が、窪みを見つける。その窪みは小さな穴だった。僕は高鳴る胸を押さえ、穴を覗き込む。案外、中はよく見えた。女の人が、男の人に覆い被されていた。男の人が動くたびに、女の人が高い声を上げている。……なんでこんなところで。
 女の人の顔がよく見えた。なんだか泣きそうで、切なそうな顔をしている。ただなぜか、男子としてその顔に欲情はしなかった。感じている顔とは、まるで違うような気がしたからだ。
 やがて、男の人が果てたのか、背筋を伸ばした。そのまま女の人を抱きしめている。女の人は泣いていた。まるで別れを惜しむみたいに。そういうことなのか、別れるためにしていたのか。
 何か気持ち悪いものを見てしまった気分になって、離れようとしたとき、男の人が何かを女の人に叩きつけるのが見えた。また、かん高い声。何をしたのか気になって、再び目を穴に近付けた。
 男の人が、鉈を女の人に何度も振り下ろしている。叩きつけられている女の人の身体は、よく見えなかった。ただ、男の人が力強く何度も振り下ろしているのはわかった。
 女の人の声が聞こえなくなる。代わりに、びちゃびちゃと音が聞こえる。
 僕は驚きの声を漏らすタイミングを幸運にも逃し、冷静になる頃には逃げ方を忘れていた。動けなくなっていた。
 炭酸の抜けたペットボトルが、手の中で温かくなっている。


nina_three_word.

〈 覗き穴 〉

〈 炭酸水 〉