kurayami.

暗黒という闇の淵から

ボーイミーツ

 ユウイにとって、カリュは使えるモノだった。

 貴族の男……ユウイは、この三十年間。使えるモノは全て使い、最後まで使った。そうやって今の地位まで成り上がったのが、ユウイだった。
 ユウイの日常には、常に優秀な執事の男……カリュがいた。礼儀正しく、自身の命令を素直に聞き従うカリュを、ユウイは酷く気に入っていた。
「紅茶を淹れてくれないか」
「かしこまりました」
 ユウイの命令の言葉以上の価値を上乗せして、カリュは働く。
 執事は、カリュ好みの濃いダージリンティを注いだ。
「カリュ、お前、欲しいモノはないのか。もう俺のとこについて十年だ。何か欲しいモノがあれば与えるぞ?」
「いいえ、私が求めるモノは貴方の幸せでございます。どうぞなんなりと、命令をください。ああ、言ってしまうのであれば、命令こそが、私の求めるモノです」
 そう言ってカリュは紅茶を注ぎ、角砂糖を二つ、ユウイのダージリンティに落とした。
 何でも従うカリュが、ユウイは酷く可愛くて仕方がなかった。これほどまでに使えるだなんて素晴らしいと、惚れ惚れとしていた。
 ユウイは生まれて初めて、人に感謝の念を込めて、褒美を与えたいと思っていた。カリュがユウイの元についているのは、身寄りがなく多額の借金を抱えていたからだ。それをユウイが払うという形で、カリュは執事となった。
 考えに、考え夜を重ね、ユウイは一つの決断をした。


「カリュ、お前は今日から自由だ」
 ある朝。紅茶を注ぐカリュに向かってユウイがそう言った。
「あの、ユウイ様、なんて仰いましたか」
「二度も言わせるな。今日からお前は自由になるがいい」
 黒目を小さくし、紅茶を溢したカリュに再びユウイが言った。
「すみません、何か気に触るようなこと、しましたか」
 恐る恐る、カリュが聞く。
「いいや、違う。これが俺なりの褒美だ。ああ、本心としてはお前を手離したくないさ。だが、俺から離れることが一番、お前のためだと思ってな」
 寂しそうな目をして、ユウイが言う。
 しかし、それもカリュの目には写らず、反論する。
「いえ、私はそんな、褒美なんていりません」
「俺の褒美がいらないというのか」
 ユウイの眉が吊り上がった。
「私のためであるなら、これからも私を……」
「いや、いい。結構だ。お前には失望した! 出て行け!」
 失望したユウイは、そう言ってカリュの注いだ紅茶を片手で薙ぎ払い落とした。諦めたカリュは、全てを失ったような顔をして、出て行く。
 ため息をつくユウイ。しかし、失望したのは、一人だけではなかった。
 命令を下し、自由を与えないユウイが、カリュは可愛いらしいと思っていた。価値のない自身を否定し、縛ってくれる日々が、愛しかったのだ。
 自身に自由を与えたユウイに、カリュは酷く、失望した。カリュの自由は、ただの不幸な放浪に過ぎない。

 カリュにとって、ユウイは使ってくれる者だったからだ。

 
nina_three_word.

〈 命令 〉

〈 失望 〉

〈 自由 〉