読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kurayami.

暗黒という闇の淵から

滲んだアルバム

 冷たくて脈拍のない、思い出のインクが疎らに滲んだアルバムがそこにあった。
 インクの滲んだ場所を避けて目を通すと、どうやらこのアルバムの主役は〈男〉だということがわかった。滲みは、奥に進むにつれて酷くなっていく。最後のページは、様々な色のインクが混ざって、冷たく真っ黒に染まっていた。ここで〈男〉は、終わったらしい。
 最初のページを開くと、夕焼けの景色に、黄色い風船が一つ飛んでいる写真があった。最初の記憶だろうか、やけに鮮明だった。
 触れると何か、円盤の回る音と、声が、聞こえた。
「ねえ、ママ、取ってよ。取って」
 我儘で切ない〈少年〉の声。写真の中の風船は、あっという間に飛んでいく。
 次のページを捲ると、少し成長した〈少年〉の姿が写った。自室で友人たちと笑っている。これはきっと何処までも、純粋な笑顔だ。漫画を手に持っている。
「刻むぞ血液のビート!」
 漫画の台詞だろうか〈少年〉が友人に、おちゃらけて拳を振っている。
 脈拍のビートが最も盛んだった頃のようだ。様々な写真が細かく、ページに張り巡らされ、多くの声が聞こえる。
 しかし、ページをまた捲ると、色が少し落ち着いた。制服に身を包んだ〈少年〉が、期待を含んだ笑みを浮かべている。
「なあ、好きな人が出来たよ」
 その声は、前のページに比べ少し落ち着いてた。
 ページを捲ると〈少年〉が制服の時間を通して〈青年〉へとなっていた。それと共に、また、写真から明るい色が減っている。
「……だから……もう」
 突然、声に雑音が混ざる。〈青年〉の顔も、段々と表情が薄くなっていく。写真も徐々に滲んでいく。
 ページを捲るたび、滲んでいく。〈青年〉の顔に滲みが侵食していく。声が、声で無くなっていく。滲む写真から物語るに、悲惨な情景ばかりだった。
 数ページと時間を得て〈青年〉が〈男〉になった。
 もはや〈男〉に顔はなかった。滲んだ顔。偽善により、作られた情景の写真。流れる音は雑音だけ。
 まるで意味のない、滲んだ思い出。
 最後の数ページ。ただただ階段を登る情景が、色鮮やかに写されていた。一段、二段、三段……ずっとずっと登った階段の先。屋上からの景色は、綺麗な風船のない夕焼け。望まない写真は、鮮やかなインクで作られていた。
 最後のページは、まるで〈何か〉が落ちたようにインクが混ざり滲んでいる。
 なぜ〈男〉はこのアルバムを、残したのだろうか。
 大切なモノだったのか。
 それとも、滲んだこの一生を、誰かに知って欲しかったのだろうか。


nina_three_word.

〈 ビート 〉

〈 インク 〉

〈 アルバム 〉