kurayami.

暗黒という闇の淵から

死にゆく人

 大勢の人が暗くした部屋の中で、天井に映し出された擬似的な星空を寝転んで見ている。双子座にオリオン座に、子犬座。冬の夜空。口にはまるで、長い間お預けにされていた玩具を貰った子供のように、笑みを浮かべている。
 部屋の中央には、市販のプラネタリウムと一酸化酸素を吐く七輪。
 外では、暖かさと真新しさを乗せた、春を迎えようとしていた。


 銀杏のようにビルから落ち潰れた死体。樹海に迷い込みもう二度と帰らない死体。浜辺に流れ着く大量の死体、死体、死体。
 街は血と肉に汚され、欠落した人間関係は悲哀と混乱を招き、死体から漏れる腐敗したガスは、人々の鼻を突き顔を歪ませる。
 人々は、そんな死に行く者たちに皮肉を込めて、テロリストと呼んだ。
 何処までも迷惑な存在。
 とあるテロリストは、縄を器用に結び、自身の体重を乗せた。部屋に体液を撒き散らし、暮らしの匂いを残して。
 とあるテロリストは、こめかみに銃口を当て、想いを込めてトリガーを引いた。この世にただ一つの秘密を内包して、頭が弾け飛ぶ。
 とあるテロリストは、乳鉢で力強くすり潰した睡眠剤を、大量に飲み込んだ。心地の良い眠気と吐き気の外に、家族を取り残して。
 次々と消えていく人々。日々生まれていく死体。せっせと片付ける清掃業。
 大量のテロが起こるのは、その人にとって越えられない壁がそこにあるから。諦めと妥協、容認される絶望。死が起こす世界への影響がテロへと繋がっている。
 そしてまた、春がやってきた。
 春は世間を一新する。冬を終わらせ、期待と希望のチャンスを平等に与える。しかし、それと同時に、滅亡と絶望のハズレくじの可能性がそこにあった。
 ハズレくじを引き、越えられない壁に当たってしまった人々を、春はテロリストに変えていく。
 春は、人を殺す。

 しかし、テロリストが嫌悪される一方で、それを喜ぶ人たちもいた。
 減っていく人口。消えることで喜ばれる人。儲かる棺桶屋、墓石屋、新聞記者。
 そして、数多の死を、心の何処かで楽しみ望んでいる人々。
 死は芸術だと、ある人が言った。それは例えば、銀杏のように潰れた自然体の形。中身が飛び出て、形は不規則に、生きていた頃であればあり得ない方向に曲がる。その人にとって、その死体は被写体になり得るのだ。
 観測される死に意味を含め、人々は死にゆく者たちを心の何処かで、神からの祝福だと思っていた。

 自殺を選ぶことで、祝福のテロリストと化した人たちを、世界は受け入れていく。
 

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〈 テロリスト 〉

〈 祝福 〉